Archive for 7月, 2007
06F014「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何ができるか」
【受講番号】 06F014
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
時は今、大交流時代を迎え、また、市制施行100年を控えて、市民がより一層郷土愛を育み、来訪者を温かく迎え入れるなど、「住んでよし」「来てよし」のまちづくり、ホスピタリティを進めるため以下の問題点を発見した。
(1)郷土愛の醸成や交流人口の拡大のために取り組むべき市民運動の方向
(2)市民一人ひとりの「おもてなしの心」醸成と、コミュニティ形成のための具体的方策
(3)市民、地域団体、企業、行政などの連携・協働と魅力発信の方法
(4)その他必要な事項
についての問題点を紐解きながら、結論を導きだしていくのが本文のねらいである。
まず最初に「おもてなしのまちづくり」を進めることの意義は、次のように言える。
1.個人レベルでは、生きがい、自己実現や自己超越、地域貢献の機会の獲得につながる。
2.地域レベルでは、地域活力・地域経済の向上に結びつく。逆に言えば、「おもてなしが欠けているまち」は、地域活力・地域経済がマイナス方向へ推移する。
3.広域レベルでは、他の地域と交流・連携することにより、さまざまな新しい価値を生みだすことが可能となる。
「まち全体」が、「おもてなしの押売り」ではなく、「外から来た人が気持ちの良い時間を過ごせる」状況になっている必要がある。情報提供のあり方、交流できる空間、休憩できる空間、土産物なども見直していかなければならない。
松本は、従来からの歴史文化的観光資源は十分生かしているが、新しい魅力を積み重ねることを怠ってきた。今後さらに、農業・自然・人的資源を活かす必要がある。
例えば、旅先でタクシーの運転手が一生懸命真心込めて案内してくださった。人の魅力は忘れない。人の印象で随分その街(市)の印象が変わる。自分が住んでいる地域に誇りを持って、郷土愛を持つ。また、そこの文化に誇りを持つというのが「おもてなしの心」の一番原点ではないかと思う。
松本には本当に誇りを持てる文化がある。でも無関心に日々を過ごしている人が多い。こんなところにこんないいお寺がありますよとか、この道を通るととても静かで松本らしさが味わえますよというようなこと一言アドバイスすることで松本のファンが増えると考える。
問題点として3点のことがあげられる。
まず1つめには、観光客への情報が不十分である。上高地へ行くのに、美ヶ原方面へ歩き始めてから聞く観光客も少なくない。松本城も松本駅前に思っている人も多い。また標識が車用にシフトされていて、歩行者用の標識がない。松本駅から上高地に行くまでの間の観光案内所が必要ではないか。また、中町の蔵作りもさらに修復して、そこでのまちづくり事業やイベントを企画しても松本の魅力が増えることに役立つと考えられる。
ある一定の広がりのある空間の中に、どんな「おもてなし」を準備するかを検討しなければならない。「おもてなし」がさりげなく準備された場所に行けば楽しい。
2つめは、地域の歴史・文化は勉強すると愛着がわく。松本市の歴史的な魅力を伝える、といった活動が重要と思う。旅先での「おもてなし」は雰囲気でわかる。私は安曇野市に住んでいるが、文化財のことを外から来た人に教えてもらったりしている。自分の住んでいる歴史的な魅力を意外と知らない。そのようなことを踏まえると「松本検定」の存在意義は大きく、今後、大きなきっかけになってくれることはまちがいない。
3つめは、温かい共生社会をつくる、そのキーワードが「おもてなし」。子どもたちに笑顔をつくりたい。そのために、まずあいさつができるように「オアシス運動」を展開。日本文化のよさの中からマナーというのはどうして大事なのか、作法とはどうして大事なのか、なぜ必要なのか、その原点から子どもたちに教え、大人も実行することで皆、共通のホスピタリティが保たれるということである。
そういうことで、「おもてなし」は笑顔が前提であり、そのバックボーンに、心の窓を開くためにはあいさつがあって、そして環境がきれいであり、そして色彩が豊かであることにある。
松本には、築100年を超える歴史的な街並み、古来受け継がれる文化・自然が今も大事に続いている場所がある。来訪者に「もう一回来たい。いいな」と思っていただくにはどうしたらいいのか。商売をしている人、そこに住んでいる人が集まり、それぞれの立場で地域づくりをやりながら「おもてなし」を考えていきたい。
例えば、松本城の手前にある千歳橋にかかる女鳥羽川、そしてナワテ通り。素晴らしい景観である。そういった素晴らしい資源を地域の人たちがみつけ、その資源でうまく遊ぶことが、人を呼びこむことにつながると考える。
その土地の年配の方々が、ありのまま外から来られた方々に対応していると、それが「おもてなし」になっている。自然のままが、かえって新鮮に思える。
またこんなこともあった。大学に入りたての頃、出身地をきかれ「松本」といえず「長野」と。長野オリンピックで近代化された長野と違ってイメージが田舎くさいとか、特に自慢できるものがない。長野近県にすんでいる同級生も「長野」といえばスキーを楽しむところで、松本をあまり知らないし、興味をもっていない。狭い松本の街でもいざ真剣に自分が案内しようとすると、ガイドブックなしで松本を歩けなかった。そこでこの講座をきっかけに松本を愛する心というよりも、松本の魅力を教えてくれる人が近くにいなかったり、いままでそういった環境が与えられなかったことも残念であった。
4つ目は、休耕田のような地元の資源を活かし、「百姓」を楽しんでもらう。つくり上げるのではなくてそのままゆっくり一日を楽しみ、ほっとしてもらう、心をいやしてもらう場所をつくりたい。
それには商工と行政のタイアップも課題である。
そういう活動が市内各地で生まれ、ひとつの活動に年間、1,000人しか来ないとしても、それが1,000あると百万人になる。寺社仏閣による何十万人単位でなく、1回30人、年間1,000という「おもてなし」が市内各地にあれば、松本市の活力がもっと増やし、ファンも増える。
また、どこで情報が集約されているかそれぞれの団体は、自分たちの情報をみんなに知ってもらう方法を勉強しなければ松本人は自分の住んでいるところの行事とか伝統文化とかにあまり関心がない。松本は素朴な温かい感じがして、年をとると都会より松本の方がずっと好きになったという方が多い。他府県の方の方が松本のよさを知っている。松本人が、松本の自慢をしないのは自分のすんでいる所のよさがわかっていないからではないか。田舎の平常の生活が都会の人たちには魅力がある街のライトアップもいいが、静寂な朝の上高地、朝もやにかすむ美ヶ原、乗鞍はすごくいい。それをみんな知らない。実際、泊まらないとそれはわからない。
さらに、宿泊客を増やすためには、地方としての総合力(朝の情景、昼の活動機会、夜の楽しみ、こだわりの食、気持ちのよう宿泊施設など)が必要である。
このようなことを踏まえ、まず自分ができること、身近な職場や周りの人と一緒にできることを考えた。
「おもてなしの心」を釀成していくためには、市民活動としてどのような取り組みが考えられるかを考えた。「おもてなし」には様々な側面があるが、最終的にはまち全域に浸透することを目指し、以下のようなものをホスピタリティカレッジの講義内容も踏まえ、考えた。
・住んでいる松本に愛着を持って、来てもらってうれしいと思う心。
・気持ちよく松本で過ごしていただけるよう心遣いをすること。
・自分が客になった時、どうして欲しいかを考えること。
・観光商材は、妥当な価格で、欲しいところに、欲しいものが提供されていること。
・相手のことを考えて何を提供し、相手に喜んでもらって、自分も喜ぶということ。
・来訪者の目的を考え、期待していないこと(感動)までしてあげること。
・笑顔、あいさつが大切。
また、松本で何かの全国大会や国際コンクールなど、全国レベルで人が集まるイベントがあれば、歴史と文化以外の人たちに、松本を知ってもらう良い機会になる。最近、急速に松本は多国籍文化になっている。よそ者(俳他的)扱いをする古い慣習はやめ、広く招き入れる発想がいる。
また、おもてなしは、感謝の気持ちである。松本市民は何にもって感謝しているのか。
従来からの松本の観光に加え、新しい層を招き入れる企画が必要である。来訪者と市民との関わりがないため、主に交通機関、宿泊施設のしかお金が落ちておらず、市民は、来訪者が多くなると騒がしくなって困るという発想になってしまう。新しい関わりの創出が必要である。長野県全体としては、「まだまだ、おもてなしがないまち」といわれてるが、地域資源を生かして都市住民に楽しんでもらっているところがあり、民家を開放して歩き疲れた旅人に休憩場所と喫茶サービスを提供しているところなど、新しいおもてなしの工夫をされているところがある。このような動きがある地域を、例えばモデル地域に指定し、インセンティブを与えることで拡大していくのはどうであろうか。
来訪者が多くなると、温もりが生まれる。その温もりからもてなしの心が釀成されるのではないか。人と人との関わりをたくさんつくることから、おもてなしができ、その心が釀成できる。まず、人が集まるチャンスをつくること、来訪者との関わりづくりである。
さらに、近年、大学などでは、新入生を迎えるに当たって、学生たちの手作りでいろいろなアイディアを出している。例えば「ここには貸し自転車がある」「コインランドリーはここ」「歯医者に行くならここ」など、地域の情報を地図に示している。
今すぐにできるおもてなしといえばサービス、愛想につながってくると思う。観光地の中で「いらっしゃいませ」と言ってもらえなかったり、無愛想な態度であったり、こうした声を聞くことが多い。こうしたイメージはなかなか改善されない。サービスの向上のようなものを市民一人ひとりが考えなければならない。松本は便利で環境も良く、住むのに良いところだが来訪者のことを考えて日々何かをしていることはない。ボランティアなどでつくる「新・まつもと物語」は、自分たちが自主的に参加することが最大のエネルギーであり、最大の武器であり、真の発展が築けると期待をし、私も機会があれば一緒に参加したい。
一方、国土交通省では、国内観光など多面的な施策を展開するため「グローバル観光戦略」を策定し、「魅力ある観光交流空間づくり」として、従来の名所旧跡のみにとらわれない産業観光やグリーンツーリズムなどの地域の特色を生かした「一地域一観光」のほか、「国民の観光旅行の促進」に取り組んでいる。
また、「ビジット・ジャパン・キャンペーン」などにより、2002年に日本を訪れた外国人旅行者524万人を2010年までに1000万人に倍増させる計画を立てている。いずれのプロジェクトも、松本の魅力、広くは「信州」の魅力を知らせる絶好の機会であり、多くの人たちに2度、3度と訪れていただくような取り組みが必要である。また、別紙の資料から、台湾や中国などアジアからの観光客が急速に増えている。今後、そのような流れを踏まえた対応がより必要である。例えば、案内標識、ガイド、信州まつもと空港のチャーター便の活用などがあげられる。
さらに、当然のことだが、訪れてもらいやすい街にするためには、バリアフリーの整備が必要であり、おもてなしの取組との連携がいる。車椅子での観光に際しても、自分の行きたいところに自由に行けるようにする。バスに乗るにも不自由しないようにすることはおもてなしである。
もう一つ、松本のイメージづくりとして、松本にうまいものがあるということを大きくクローズアップしなければならない。松本の特集は、雑誌に良く掲載される。郷土料理もその一つであり、馬肉料理は昔から松本にあるが、現在、食べさせてくれる店が少なくなった。
松本には良い素材がある。しかし、安心できて、品質が良いものは東京で販売した方が高く売れるので県内であまり流通していない。実は郷土の食材を食べられないのが実情である。例えば、「松本のうまいものネットワーク」「松本のうまいもの館」をつくって、そこで郷土料理を提供するのはどうか。商業ペースではなく、主婦の方々が中心となって、モンマモンにこだわって、自分たちも楽しみつつ、お客さんをもてなしていくことが必要ではないか。
こうした事例は、全国にたくさんあるのではないか。情報のネットワークがきちんとできていない。意外と地元の食品が地元で食べられない。例えば三輪ソーメンは、三輪の人たちがあまり食べていない。最近はよくなったが、地場産のものをあまり大切にしてこなかった。造る側も東京のお客さんをターゲットにしてしまう。おもてなしと共通すると思うが、ヒット商品はどうして造るのでしょうか。自慢は、押しつけがましくなく、自然のほうがよい。キーポイントは狭い。そこにうまいものが加味されていればいい。まさにマーケティングである。
市内には良いものがありすぎるのではないかと思う。歴史と今の生活と商品、うまいものをリンクさせることができれば・・・。松本でしか手に入らない、自慢できる何かを造るとよい。例えば徳島県は酒米づくりに力を入れている。県内には業界団体はあるが、ネットワークがまだ弱い。チャンスがないのかも知れないが、松本だけという地域に限って、自分たちと同じ価値観を持つ人たちの集まりがたくさんできるとよい。
さて、今回は、ハード面よりソフト面(おもてなしの心)から地域づくりを観てきた。観光ビジョンを単なる「観光ビジョン」として描く時代はもはや終わっている。それは観光のあり方そのものが変化しているからに他ならない。むしろ「おもてなし」、「サービス」という側面から新しい観光の未来像を考えれば、これまでの観光のかたちを前提に観光ビジョンを描くことはたぶんないはずである。もし、そんな地域があってとしたら、観光のかたち、そのものが大きく変化していることを知らなくてはならないだろう。特に、スローライフや田舎暮らしがややブームとなり、団魂世代の大量退職時代を前に、その囲い込みを目指す機運の中、これまで観光と縁のなかった地域では、その変化が見えていない、その変化の本質を、数字の上でも、感覚の中でも理解できていないことが多い。グリーンツーリズムやエコツーリズムへ付け焼刃の観光プランを作っても、少なくともビジネス、産業レベルの観光事業に発展させることはできない。その地域のあるべき観光、その未来像を描いて進むことがなければ、ここでも勝ち組と負け組みははっきりすることになる。今、観光で注目されるキーワードとして、エコツーリズム(長期滞在型観光として注目)、2007年問題(団魂大量退職時代のシニア観光のビジネスチャンス)、などがある。このニーズもしっかりと捉えながら「ホスピタリティ」というものを、考えていかなくてはならない。
<参考資料・文献>
松本市観光ホスピタリティカレッジ全講義内容より
長野県庁ホームページ(商工部産業政策課)
松本市ホームページ
日経ビジネス(平成19年2月26日号、平成19年3月5日)「受講生レポート2006」リニューアルしました
「受講生レポート2006」のページをリニューアルしました。
【受講生番号】をクイックすると、その受講生のレポート・論文を読む事が出来ます。06F001「いちご」
【受講番号】 06F001
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「いちご」
僕は3歳3ヶ月、この4月から幼稚園です。これは、僕が1歳2ヶ月、いちごがだ~い好きだった頃のお話です。そのころから父(カレッジ受講生)は「ホスピタリティ」、黄色い表紙の怪しげな機関誌・・・焼酎の名前が付いていますが、お酒の本ではないようです(注1)・・・を読みながら、この言葉を追いかけています。
ホスピタリティというと、「亡くなるまでの人生の最後をどう生きるか?」というような意味合いで使われることが多かったのですが、床を供給する「ホスピス」に語源を持ち、病人への床を供する「ホスピタル」と、旅人への床を供する「ホテル」に意味が分かれていったこの言葉、「歓待をする精神、およびそのビヘイビア(行為・行動)」(注2)という意味合いで使われることが多くなっています。そして、ホスピタリティはサービスとは明確に区別されるものものです。
サービスはマニュアルに基づいて、皆に同じようになされるものですが・・・父の読んでいる本には「某ハンバーガーショップでハンバーガーを30個注文しても、『こちらでお召し上がりですか?、お持ち帰りですか?』と対応するのがサービス」(注3)なんて書いてありました・・・、ホスピタリティはお店と多数のお客様という全体の関係の中にあって、マニュアルではない個人対個人の関係で施される「おもてなし」、それも期待以上の「おもてなし」(注4)というような感じでしょうか。
父は、「ホスピタリティ」を理論的に把握するとともに、実際に体験して実感としてとらえることを、ここ数年の課題としているようです。
そんなこともあってか、僕が1歳の時の冬、5日ほど東京へ旅行に出かけました。父は僕とホテルの前の広い公園(注5)で遊ぶことも目的の一部としてあったようですが・・・。旅行中、父と一緒におやつを食べる機会が何度かありました。父の趣味に合わせて連れられていったという方が正しいかもしれません。
ある午後のことです。ホテルのラウンジへ行きました。父は大好きなコーヒーが飲みたかったようです。僕は、普段からかなりのわんぱくでしたので、落ち着いて椅子に座ってなんかいられません。それを見て取ったかのように、入り口の案内係の方は、二人にもかかわらず通路側の広いソファの席へ案内してくれました。メニューをみていた父の目がケーキにとまったようです。お店の方が注文を取りに来ました。
「いちごののったケーキはありますか?」と父。
「いちごのショートケーキといちごのタルトがございます」
「どちらがたくさんいちごがのっていますか」
「いちごのタルトの方がたくさんのっています」
「では、それを一つ。それとコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
はじめこそ静かにしていた僕ですが、すでにソファに駆け上がろうとしていました。
注文を取りに来た方がテーブルにコーヒーの器を運んできました。そして、
「いちごをお皿に盛りつけてお出しすることもできますが、いかが致しましょうか?」
(・・・メニューにそんなのはなかったぞ!!)
「お願いします」と父。
(・・・僕のためにメニューにない「いちご」を作ってくれるの!?)
しばらくすると、お皿にきれいに盛りつけられた「いちご」が運ばれてきました。
僕の「いちご」が。10個ものってる~~!!。
運んできてくれたお姉さんが、「ハンドタオルもどうぞ」と置きながら、笑顔で僕に手を振っていってくれました。では、ちゃんと座り直して、いただきます!。
大好きとはいっても、まだ1歳ちょっとだったので、普段は3つか4つ食べれば、もう、いちごを手でつかんで遊んじゃいます。まず1個、思わず笑顔。
「ん~、うま~~ぁ」(「うまい」の「い」が、まだうまく言えないんです)
うれしそうな僕をみて、持ってきてくれたお姉さんもうれしそうに笑っています。
2個、3個、4個、5個・・・、ちゃんと座ったまま、遊ばずに。
サービスとはホスピタリティには、いろいろな相違があるけれど、父が大事に考えていることは、ソーシャルなルールを押しつけてくるものがサービス、選択肢が多ければよいサービスとなるけれど、プライベートな関係の中で個人の要望を満たしてくれるものがホスピタリティ(注6)、ということ。ショートケーキよりもタルトの方がたくさんいちごがのっているからタルトを供されたらサービス、でも、父の言葉から僕がいちごを食べたいことをすぐに察し、「僕」のためにメニューにはないけれど、「いちご」のお皿を出してくれたホスピタリティ(いちご以外の部分の食べ残しも出ない)。
大好きな「いちご」、僕は、とても幸せな気持ちで8個も食べちゃいました。
注
1)LIBRARY「iichiko」- a journal for transdisciplinary studies of pratiques -(新曜社)
協力:三和種類株式会社
2)日野原重明:[対談]高橋順一 LIBRARY「iichiko」NO.82 2004 SPRING
3)山本哲士:「Director’s Note」:LIBRARY「iichiko」NO.83 2004 SUMMER
4)高野登:「リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間」
2005 (かんき出版)
5)東京、日比谷公園
6)山本哲士・加藤鉱:「トヨタ・レクサス惨敗」 2006 (ビジネス社)06F002 「心に残るサービス」
【受講番号】 06F002
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
私は今、飲食店で働いています。なぜこの職業を選んだかというと、学生時代の接客のアルバイトがもとです。アルバイトの中でいろいろ感じる所はあったのですが、一番にサービス業に就きたいと思ったのは、その職に就くスタッフの姿でした。お客様相手のため笑顔を絶やさない、そのため前向きで明るい、私もこんなふうになりたいと夢をえがきました。
良いサービスは、笑顔でお客様をお迎えして心地良い時間をすごしていただけるようにおもてなしをすることだとまとめていうと簡単ですが、とても奥深いと実感しています。
少々まとめづらいので、日常感じていることを、目標をかかげながら記していきたいと思います。まず第一目標は、常に前向きな心を保てるようにすることです。自分自身が元気で前向きでないと良い接客なんて出来ない。マイナス思考になっている時はサービスを面倒に思ったり、お客様からの要求にいらついたりしてしまう。笑顔を取り繕ったとしてもお客様の心に近づこうなんていう積極的なサービスは出来ない。接客というよりは、作業といった感じでマニュアルどうりで終わってしまう。でも逆にプラス思考である際は、ちょっとしたタイミングからお客様の心に触れようと、会話や気配りが出来る。本来、自分が仕事に影響するなんて恥ずかしいことですが、この前向きなプラス思考を常に持ちあわせる人でありたい。
第二目標は、きれいな心の持ち主になることです。少しずつ経験を積むうちに、全々未熟ではあるが初期よりは、こうしたらお客様は喜ぶだろう、今こうして欲しいだろうと感じとれることが増えてくる。そのことをサービスとして行うのだけれど、ここで少し思うのは、お客様への気配りやおもてなしが、本当に純粋な気持ちからなるものだろうかと。今こうしてあげることでお客様はきっと喜ぶ。でもお客様のためにそうしたのではなく、実は自分自身を良くみせたくて行なったサービスであったり、相手が喜ぶことが分かっていて、それをしないと自分が満足出来ないという自己満足のためのサービスではないかと。母親が子供に何かをしてあげる時は自然に、何も考えずに子供のためにしてあげる。こんな風に自然に純粋なサービスをしたい。年々ずる賢こくなったり、純粋さを失ったり、心が汚れていくというか心が貧しくなっていると感じます。心からのサービスが出来るようになるためにも純粋なきれいな心の持ち主になりたいと思います。そしてもっとお客様の欲する所や心の内をよめるように、またそこから自分らしさのあるひと味違ったお客様を喜ばせるサービスを目指したい。人の心の声を聞ける思いやりのある人でありたい。
先程、自己満足という言葉を用いたのですが、もう一つ私が、これは自己満足のためではないだろうかと反省している点があります。飲食業でお客様と接する時間は全体の僅かな時間で、その裏に存在する掃除、仕込み、スタンバイ、片付け等々、裏での仕事が大部分を占める。反省点の一つに、裏仕事に精力を注ぐことで一番大切なお客のおもてなしの時間に、力を注ぎきれなくなってしまうことがあります。時には要領よくいくことも必要だと思います。清掃でいえば、目のつく所だけをサッときれいにしておけば良いと割り切るおおらかさを時には持たないと裏仕事を時間内に済ませることが出来なかったりする。でもこの割り切るということが簡単なようでいてなかなか難しい。というのも、この仕事をしているとある意味潔癖症のようになってくる。性格的なこともあるのかもしれませんが。最初は、上司からこういう所も掃除してくれと言いつけられる。次に同じことを言われないようにとそこを掃除しているうちに、違う所も目につくようになってくる。そうこうしているうちにそういった場所は増えていき、二度同じことを言われるのは嫌だからとやっていた掃除が、徐々にやらないと自分がいい加減な奴だと思われるようでやらないと気がすまなくなってくる。しかしそれを完璧に終わらせようとすると時間や体力が不足してくる。その結果、お客様への接客が疎かになるといった悪影響が生じる。それでも自分自身のためだ、全部こなせるようになろうと頑固に欲ばるとやはり爆発してしまう。お客様の心地良い環境作りのための清掃が、自己満足のための清掃になってしまっている私の反省点です。よって第三の目標は、現段階の自分の能力・体力を受け入れ、その上での適格な仕事量・仕事内容の選択をし、優先順位に従ってバランス良く仕事をこなせるようになることです。
課題のテーマより離れて自己目標を掲げてしまいましたが、改めて私の心に残っているサービスは?と思い出してみると、お客様が笑顔になってくれたり、親近感を持ってくれたり、お客様を喜ばせることが出来た際のサービスが思い出されます。また逆に私やお店の失敗を再度受け入れてくださった時のお客様の優しさが、とてもありがたく、また自分を見つめ直す機会を与えてくださり、これはお客様が私にくださったサービスではないだろうかと、そんな時のことが心に残っている。
クレームの時や対応に困難な悪状況が生じた際には、お客様の優しさにあまえさせていただくこともあるかと思いますが、このお客様の優しさを引き出すのも(言葉は悪いのですが、サービス員の仕事であり、どれだけ引き出せるかはその人が心清らかで、人間性豊かであればある程大きく引き出せるものだと思うので、その内面的な改善を目指しながら、またそれを引き出すテクニック(人の心の声を聞けたり、人の心を開かせる力)を養っていきたい。
最後に思うことは、この仕事はなにより自分自身の心が重要だと。06F004「安曇野に伝わるご先祖様へのおもてなしのこころ」
【受講番号】 06F004
【 テ ー マ 】 「我が家の年間行事のおもてなし」
【 タイトル 】 「安曇野に伝わるご先祖様へのおもてなしのこころ」
「おもてなし」は万国共通の人と人との温かい思いやりの心と言えると思う。
相手を敬い礼儀を持ってコミュニケーションすることにより、互いに心地よい気持ちになる。このたび、ホスピタエイティカレッジを受講し、改めて考えてみると、「おもてなし」は、今を生きている人間にだけに留まらず、リアリティではない「ご先祖様の魂へのおもてなし」も存在することに気づかされた。
私が幼い頃から日常のありふれた風景として体験してきた「ご先祖様へのおもてなし」について、以下に述べてみる。
私の先祖は、旧南安曇郡穂高町で300年に渡り同じ土地で農業を営み、代々暮らしている。安曇野の我が家の年中行事の中で、最も「おもてなし」を意識するのは「お盆」だと思う。但し、ここでの「おもてなし」は100%ご先祖様へである。年に一度、あの世から生前住んでいた家にお客様として帰ってくる、と教えられた。そして私達は、毎年お盆が近づくと、喜んでご先祖様を迎える準備に取りかかる。まず、お仏壇の掃除をする。お仏壇の中には煤けてしまい文字の判読がほとんど不明になってしまっているものもある。今は亡くなってしまった祖母は、それらのお位牌をひとつひとつ丁寧に拭いていく。そして、傍らで見ている私達子供に「この方は、おじいちゃんのおじいちゃんで裏を見ると88歳まで生きた、と書いてある。長生きだったね。」などと話しながら、会ったことのない曾々おじいちゃんを偲ぶ。お位牌でしか知らない方々に、知らず知らずの内に親近感がわいてきたように思う。
続いて、お仏壇をお盆仕様に飾り付ける。これは、お仏壇の上部に、カタカンバのつるを渡し、そこに、畑で採れたさやえんどうやほうずきを紐の先と先に結んだものを何本かぶら下げるのである。「今年は全体的にバランス良くできた。ご先祖様は喜んでくれるかな。」などと思う。よそゆきなお仏壇のおめかし姿は、ささやかな「おもてなし」のしつらえと言えるかもしれない。お墓も勿論いつもより念入りに掃除をする。こちらは、大抵子供達の仕事になる。辺りの雑草を取り、鳥の糞など付いていたら一大事と、一生懸命洗い落とす。そして、お盆に無くてはならない「おもてなし」の大事なツールとして、「かんば」という白樺の樹皮を用意する。この時期になると、マーケットや雑貨屋の店頭で容易に手に入れることができる。それを、15センチ程の短冊に切り揃え、日向に干しておく。ここまでは、8月12日までに済ませておくことが肝心である。
お料理は、お盆には欠かせない「仏様のご馳走」と呼んでいるものがある。
ひとつは、ジャガイモ、人参、たまねぎ、切昆布、油揚げが入った煮物である。この煮物は、油揚げと昆布から独特の旨みが出て、非常に美味しく私の大々好物である。それと、「えご」という、海草を固めたよせのようなものを作る。九州の「おきゅうと」と非常に良く似たもので、酢味噌をかけていただく。この他に、厚焼き玉子や天ぷら、果物等も一緒にお供えする。
8月13日はいよいよ「迎え盆」になる。夕方には、普段離れて暮らしている家族も揃い、全員でお墓へお迎えに行く。一通りお参りを終えると、子供達は盆ちょうちんに火を灯し、ご先祖様の道先案内人として先頭を歩いて家まで帰ってくる。そして、家の門前で、以前用意した「かんば」を地面に置き火を付ける。松明のような役目だと思う。いらっしゃったご先祖様が迷わず家まで辿りつけるようにとの意味があると聞いている。また、近所の家にも焚いた跡があれば、「ああ、もうお迎えに行ったんだな」ということが分る。そして現在、仏様が在宅である、という印にもなる。
「何のおかまいもできませんが、どうぞお入り下さい。」と言って家へ迎え入れる。お仏壇にろうそくを灯し、お線香をあげ、お経を唱え、ここで迎え入れが完了する。
お盆の間は、ご先祖様に心配を掛けないように、皆が集まり仲良く過ごすこと。また、特に兄弟喧嘩は最大の悪い行いと、言われた。
8月16日は「送り盆」で、お別れの時になる。午前中に、あの世へお帰りになる際のお土産と馬を先に送る。1cm各の茄子の乱切りやお米をふきの葉で巻いた小包みと、茄子に割箸を刺して四脚にし、とうもろこしのひげで尾を作り、手綱に見せたゆで素麺を背中に乗せた馬を麦わらで拵えた船に乗せる。そこに、杉の葉とお線香を立て、火を着けて、家の側の小川に流す。また来年もどうぞお越し下さい、という気持ちを込めて「来年ござれ。来年ござれ。」と唱える。その後、夕方になると、最後の食事を一緒にとる。そして、来た時と同じように、「かんば」を焚いて、子供達が盆ちょうちんに火を灯し、お墓への道案内をしながら家族全員で送って行く。お墓では、「また皆が無事健康で過ごせますようお守りください」とお参りし家へと帰る。この際、盆ちょうちんの火は消して帰路に着く。
以上が、安曇野の古くから伝わるありふれたお盆のご先祖様への「おもてなし」である。
このレポートを書き進めながら感じたことは、ご先祖様の名目のもと、大切に敬うことを子孫に伝えながら、今を生きる私達の方こそ、幸せで満足させていただいている、と実感する。私もこの「おもてなし」を次の世代の子供達に繋いでいきたいと思う。これは、とても楽しくて幸せな気持ちになる「魂へのおもてなし」なのだから。05I001「第2講「信州の食」北沢正和先生の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 05I001
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「第2講「信州の食」北沢正和先生の講義を受講し感じたこと」
人は食べることが大好き!その食材は今いろいろと見直されています。毎日食べている食材は、北沢先生のお話からいろいろ気付かされました。
まず、「わざは、食材に手を加えないこと。手を加える事により、おいしくなくなる。」これを聞いた時は、とってもビックリしました。でも、よく考えるとそうかもしれません。畑で採れたてのトマトは、とてもおいしい、何も加えなくてもトマトは生きている。枝豆も採れたてを湯でて食べると甘味があり、おいし~い、なにか幸せ気分になる。食材の持っているものすべてが、そこに表れ皆を和やかにさせる。「料理上手は、塩使い上手」これも、美味しい塩にであえば、納得。「こんな物が、あらステキと言われる物に変わる感性が必要である」と言われた時に、この間美術館で、ホットワインを頂いたことを思い出し、その中にバラの花が浮かんでいて、おしゃれだな~と感心しました。ちょっとしたアイディアで人をなごませてくれる。とてもステキでした。こんなステキな感性をみがきたいと思います。良い食材には、良い調味料を・・・。 調味料で味も良くもなり悪くもなる。そして、全てがトータルして始て、良い物を頂いたと言うことになる。自分の住んでいる足元には、沢山の宝物がある、その宝物を生かし自然の恵みを大切に、その土地でしか味わえない料理、方法、友達関係を大切にしながらくらす、そんな北沢先生の講義を楽しく聞かせて頂きました。
あるお店に友人と食事に行きました。予約制で1日人数限定の店、私達が着くと玄関には、打ち水がしてあり亭主が出迎え部屋まで案内されました。そこは、林の中のお店で、そばには小川が流れていて安曇野という環境でとても静かなところでした。12月だったのでお料理はクリスマスの雰囲気が沢山でていて器と料理がとてもマッチしていて、ロマンチックな所でした。話に花が咲き贅沢な時間を過ごすことができました。今、時間の流れが早い時にゆっくりした時を刻むのも悪い事ではないでしょう。なんだか至福のひと時を過ごす事ができ幸せでした。
人生ゆっくり過ごすのも良いのではないでしょうか、こんなもてなしの仕方、私達中高年には、とてもあいます。05S013「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 05S013
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 strong>
リクルート「じゃらん」の現地観光スタッフ。
これが、私の職業だ。「本誌、netを使って、お取引先であるお宿さんにより良い送客を行う」これが、その仕事のほとんどである。
一軒一軒のお宿さんに様々なプランなどのアドバイスをさせて頂き、実際思惑通りのご送客ができた時には、本当に仕事を醍醐味を感じるものだが、そんな日々の中で限界を感じることも度々ある。
一軒のお宿さんへのご送客が成功すると、ほかのお宿さんへの送客が減るのだ。
勿論、いつもそうだと言うわけではないが、様々なデーターを鑑みるにつけ、それは否めない「事実」と思えるようになった。
結局、エリア全体に訪れているお客さんの数を圧倒的に増やすしかない、エリア力をつけるしかないのだ。
このことに気が付いてからと言うもの、「松本」を様々な角度から、本誌の特集を通じて紹介してきた。それがいい悪いは別にして、お宿さんたちからも賛同を頂き、効果を出せたものもあると思っているのだが、その中で壁にぶつかったことがある。
当方のファミリー向け雑誌「ファミリーじゃらん」で、このエリアを紹介する時だ。
関東一円のエリアが紹介されるその雑誌では「○○ランド」と言うランド系の施設を持つエリアの引きが圧倒的に強い。その中にあって、通常このエリアの売りである「自然」「文化」「お城」「温泉」などのキーワードが、とても弱々しい。
本誌のページをめくっている子どもさんが、並み居る「ランド」を押しのけて「このアルプスの景色観に行きたいっ!」と言う光景は、あまり想像しずらかった。
たしかにキャンプやアウトドアなど、親が「子供にさせたい」自然体験というのもあるのだが、それは絶対この松本でなければできなというものではない。
でも、子を持つ親としても、松本のこの財産である自然や文化こそ、子供たちに触れて欲しい。できれば、親が「こうしたい」と言う教義的なものでなく、親子共に「心に残る旅」として・・・。
このとき思索を重ねて思いついたのが「松本クエスト」だ。
我が家の子供たちが特別でないだろう、きっとどこのお家にもある光景として、子供がTV画面やDSやPSPの小さな画面の中で一生懸命、モンスターなどを倒しながら、すごく壮大な冒険を繰り広げているのだ。
そこには「お城」があり「森」があり「川」「高原」を越えて「宿」があり「温泉」があるのだ。そう、それこそこの(大きくなった)この「松本」そのものではないか!
人工的に作ったアトラクションなんかでない、大自然と人間が長い間かけて造り出した文化が、そのままダンジョンなのだ。大人気の「ドラゴンクエスト」をなぞって考えてみると、こんな風になるだろうか・・・
勇者(こども)とその一行(両親)は、お城でお殿様からある大事な任務を任される。
様々な困難と謎を解決して「勇者」の証明である、あるものを持ちかえらなければいかないのだ。お城を後にしたら、城下町で様々な町民から、そのものに関するヒントをもらわなければ先に進めない。あるお店ではアイテムをget,あるお店では重要なヒントをもらいながら進む。辿り着いた高原(乗鞍?)では、疲れた体に薬草(山菜料理)も食べ、(日帰りの)温泉で癒す。そして、いよいよ最後の難関「上高地」。梓川を挟んで、大正池から明神まで・・・自分の足で歩いて歩いて、最後にその「証明」を手に入れる。宿屋をどこの取るかは、勇者の自由として、翌日はその証明を持ってお殿様の待つお城へ。モンスターや敵こそ出ては来ないが、自分の足でリアルに歩くことによって、ゲームの中で簡単に歩かせている主人公が実際はどれだけ大変ことか。リセットすれば全て終らせられることが、現実ではそういかなこと・・・今の子供たちにそんな体験をさせられたら、しかも親子一緒に歩き、頭を使ってひとつの謎に取り組むことで(脳トレの要素を入れてもいいかも)、きっと忘れられない思い出と、絆ができるのではないだろうか。この旅をやり終えた時に、子供は本物の「勇者」になり、そして「最高の思い出」という宝物をgetすることになるのだ。
地域の人や、ボランティアの方のご協力が必要となるだろうが、ひとつの物語を作ってコースやアイテムさえ作ってしまえば、当日は本人達が巡って歩くので、そんなに大掛かりでなくてもできる。
ホスピタリティ講座で「観光」の様々な役割を学んだ。観光が単に「観光地」を観て廻るだけのものから、「健康」に寄与するものになったり、現地の人の「文化」に触れる「「学び」の場であったり、その役割は多岐に渡ると。
そういった意味で言えば、現在における「親子の関わり」や「教育」問題の一助となるのもアリではないだろうか。
これからも、この「松本」だからこそできる、その多くの可能性に懸けてのプラン作りをしていきたいと思う。05S055「こころに残るサービス」
【受講番号】 05S055
【 テ ー マ 】 「こころに残るサービス」
【 タイトル 】 「こころに残るサービス」
二期目を迎えた今回のカレッジを受講して早くも半分が過ぎようとしています。
冬休みの課題のテーマを“心に残るサービス”とし、家族と一緒に経験した旅での出来事を中心に、時空を振り返りながら考えてみようと思います。
我が家では、四年前から家族で北海道旅行に出かけています。季節は決まって5月…。
娘が挑戦する詩舞のコンクールの日程に合わせてのお疲れ会を兼ねています。
4回の旅行の中で得たいくつかの感動をつづります。
1.小樽の鮨屋《巽鮨》で
2004年二度目の旅行でのこと。前回は、日中観光に訪れただけだった小樽。今回は市内のホテルに宿を取り、夜の食事を楽しむ計画を立てました。街中を走る人力車に乗車し、引き手のイケ面お兄さんの軽快なトークを母と娘と三人で堪能し、街並みを歴史とともに楽しんだ後、お勧めの鮨屋を紹介して頂きました。自分の好きなお店ということでした。ホテルからも徒歩で向かえる距離にあるその店《巽鮨》は、観光客が多く出入りする近隣のお店と比べると少しこじんまりとした感じを受けました。そこで私達家族を待ち受けていたサプライズ…。案内されたこあがりで注文の品を待ちながら乾杯、お通しを楽しんでいると、いきなり襖がぱっと開き家族だけのカウンターと握り手の板前さんが現れたのです。その瞬間までまったくその部屋の演出に気づかずにいた私達家族は歓声をあげました。それからは、担当の板さんが私達の目の前で寿司を握り、美味しい季節のネタを案内しながら薦めてくれました。美味しいお酒や土地の話でもてなしてもくれました。味にも演出にも大満足した私達家族は、2006年の旅にもその店を訪ねる事だけを目的に小樽の地にまた足を運ぶことになります。
2.2005年 洞爺湖温泉の花火
その季節洞爺湖では、毎日一定の時間になると花火があがります。温泉組合が催すイベントのひとつで、湖畔に面した窓側の部屋で、湖に浮かぶ屋形船から打ち上げられる花火を楽しむことが出来るのだそうです。そのような演出を知っていた訳ではなかったのですが、前回に経験した登別のホテルでのレストランバイキング形式をあまり好ましく感じなかった為、今回は家族だけでゆっくりと過ごせる部屋出し料理設定の旅館を選択していました。
食事が始まるとすぐに、部屋の担当の仲居さんが花火のご案内をしてくださいました。幸い部屋も湖畔に面した角部屋で、旅館街の端から端まで走る船の演出を30分間に渡ってしっかりと楽しむことが出来ました。連続して幾つもあがるわけではなかったので、夏の花火大会のように派手な印象はありませんでしたが、旅館組合全体で取り込む催しとして街の暖かな気持ちを感じました。また是非出掛けたいと感じています。
3.2005年 2006年 定山峡《花もみじ》
この宿に二年連続で宿泊することになったのも、娘を中心に家族全員が気に入ったから。棟続きになっている《鹿の湯》というホテルの別館であり、ゆったりとした空間が優雅な気分を味あわせてくれます。特にお気に入りの宿泊客専用の風呂には、受付に常時窓口係りが駐在し入浴人数の制限をして浴室の環境を一定に保っています。最上階にある大浴場と比べると、湯船のつくりや内風呂・露天風呂の居心地の良さだけでなく、風呂上りの空間を静かに心落ち着いて過ごせるのが何よりです。脱衣室のゆとり、浴室までの間にあるリラクゼーションスペース(鏡台・マッサージチェア・庭を眺めるくつろぎコーナー等)。また、フロントとの間には温かみのある灯りや家具の演出を施した小部屋が設けられていて、ハーブティーや冷水・ワインを楽しめるようにセットしてあります。モダンな空間の中で夕食までのしばらくの時間を家族と会話をしながら過ごす…至福の時間です。部屋以外に自由に利用できるコーナーはこのほかにもあり、夕食後の時間はラウンジのCDコンサートをワインで楽しみます。セルフサービスのコーヒーとワイン、北海道の勇壮な映像がスクリーンに流れるスペースで音楽に耳を傾けるのも心地よいです。
1~3どれをとっても、ゆとりと驚きのサービスが私達家族の北海道旅行の楽しみになっています。五人の大移動、初めは少しでも低予算でとあれこれ知恵を絞ってはじめた旅行でしたが、経験を重ねるうちに、ちょっと予算を足しても特別感を味わえる旅に変化しつつある我が家です。さて、今年も…ぼちぼち企画の時期がやってきました。
どんな感動に出会えるか楽しみです。06F039「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 06F039
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
最近の世の中では、いろんなニーズに答えていかなければお客様は来ない時代になりました。同一のサービスや企画では限界があり、お客様の様々な状況に応じたプランを考えていかなければと思います。
健康を気にされる方、夫婦でのんびりと過ごしたい方、余生を楽しみ方、趣味を活かしたい方、知識を広げたい方、親子の絆を深めたい方、様々ですが、そんな中で松本を選び、訪れてくださる方がたくさんいらっしゃることを願い、考えました。
プラン1 「そば」
乗鞍高原は県内でも有名なそば処です。その地域特性を活かし、自分でそばの種まきから収穫、昔ながらの方法でそば粉にし、そばを打つ。その他にも座学として、そばについて、そば料理など学んでもらう。(乗鞍に宿泊し、県内各地のそば料理を楽しんで頂く)
全国でオーナー制を導入しているところもありますが、このような方法だと年間を通して松本に足を運んでもらえるのではないでしょうか。
プラン2 「建造物」
全国に様々な観光施設がありますが、丁寧に案内してくれるところは、案外少ないものです。
ご年配の方や、建築や歴史に興味のある方は、説明してほしいのではないでしょうか。ですから、必ず説明付きで、松本平の歴史的価値の高い建物を見て歩くのもよろしいのではないでしょうか。
(馬場家住宅等もいいですが、個人の古い住宅・土蔵等、普段では見ることの出来ない建物を、見ることが出来るのも嬉しいと思います。)
プラン3 「上高地」
上高地ネイチャーガイドによるトレッキング。夜は星空観察。
次の日は乗鞍高原で、滝めぐり、温泉、郷土食に舌鼓。
(このコースの前後に健康診断を行うのも良いのではないでしょうか。)
プラン4 「山菜・きのこ」
採取する前に勉強する。専門家が同行し、採取する。採ったものは、その日のうちに調理し、みんなで味わう。
プラン5 「キッズ」
親子キャンプ・木工教室・渓流遊びを兼ね備えたもの。
プラン6 「親子で昔遊び」
テレビ・ゲーム一切禁止で、地元のおじいちゃん・おばあちゃんに昔遊びを習う。
竹馬・竹とんぼ・たこ作りをしたり、だるまさんがころんだや、ハンカチ落としなど昔ながらの遊びを親子で楽しむ。
プラン7 「郷土食作り」
女性グループなどに限定し、おやき・五平餅・そば打ち・りんごを使ったスィーツなど作り、食べる。その他ダイエットに必要な栄養学などを学ぶ。
プラン8 「旧街道歩き」
野麦街道や善光寺西街道など歴史を探索しながらの、トレッキングや、地元の方々の昔のお話を聞く。
プラン9 「湯めぐり」
だだ、温泉に入るという温泉三昧のツアー。
美ヶ原温泉・浅間温泉・乗鞍高原温泉、白骨温泉・上高地温泉・坂巻温泉・中の湯温泉等。
湯めぐりをしながらいずれかの温泉地に宿泊し、温泉について学ぶ。
プラン10 「山辺のぶどう」
ブドウを収穫し、自分のオリジナルワイン・ジャムをつくる。夜は、ワイン・ブドウ尽くしの夕食。次の日はラベル作り・オリジナルワイングラスの製作等。
プラン11 「信州みそ作り」
松本には、何社かのみそ会社があります。その会社の協力を得て、オリジナルの味噌作りを体験していただく。06F014「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 06F014
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
この講義を受け、学習していくうちに観光資源にも有形のものと無形のものが多数存在することに気づいた。また、これまでの常識的に捉われていた時間・期間をも疑い、再検討、再発見することによりまったく違った旅、観光にあることにも気づかされた。
このような機会をお借りして、私なりの観光資源を生かしたオリジナルプランのテーマ、指針を述べていきたい。
最初に、私がプランを組む上で重要で、実現するのに不可欠なポイントは、3つある。
1つ目は、 迎える側(ホスト)がおもてなしの心やホスピタリティーが上質であること。それが観光地「松本」としての付加価値がつくということである。どのような名所や観光地でも人との接点があり、その都度、ゲストに評価され、その街の印象を決定づけられるからである。
2つ目は、ハコ(ミクロ)単位で観光プランを立てるのではなく、街(マクロ)単位とした経営戦略が大切であること。屋根がない、まち全体が博物館という「松本まるごと博物館」構想。商店街や小さな町会が企画したのを、さらに大きく発展させる。
街(まち)と街(まち)リンクしあう関係が今後、重要であると感じた。
3つ目は、これまでのハコ(建物)にお金をかけるのではなく、ヒト(人)や広報(PR)活動に投資をし、育てる。さらに、行政や教育機関は、学ぶ機会や情報を発信する機会、基地を提供することである。また、このような観光ホスピタリティカレッジの開講をきっかけに「観光」興味を抱いてくださる方々が増え、「観光」について様々な側面から協力、参加する市民が生まれればいいと考える。このような考えを踏まえた上で3つのオリジナル観光プランを立案させて頂いた。
1つ目は、 『一日駅長』、『一日館長』、『一日城主』など、よく芸能人がやっておられる『一日駅長』などをゲスト(観光客)に体験してもらおうということである。誰しも一度は憧れた職業の社長、駅長、館長、はたまた店長までも。立候補していただける企業、団体があれば職種、職業はある程度のものさしが必要だが、なんでもいいと思う。本来、松本に観光に来る目的でない方も大歓迎。来て頂いて、実際来てみたら松本が好きになってしまった。という事後理由の観光もいいと思う。このプランはとにかく松本に来て頂いて、体験してもらうというのが大事なわけである。それが観光地「松本」としての新しい付加価値がつけば最高である。由緒ある名所や立派な観光地で撮った写真より、『一日駅長』として撮った写真のほうが、額に飾られるほど大切な写真だったりするものである。また、熊本城の取り組みのように復元の費用を一般の市民、団体から募り、寄付をして頂いた方は、『城主』としての称号を与えるというのもいい発想、考えである。
2つ目は、その土地、観光地の住民になりきり、住民の日常を体験してもらうことで、体験型の旅行である。民家に民泊し、諸外国で言えばホームステイのようなものである。某テレビでいうところの「田舎へ泊まろう」である。例えば、そば店の家へ民泊する場合は、そば打ちはもちろん、接客など、できるかぎりそこで生活する人の生活に近い生活をすることで、その地域の文化・風習を理解する。吸収するということである。
3つ目は、全国、諸外国から広報(PR)活動をしていただける方を招待し、観光をし、帰ったあとに広報(PR)活動をして頂くというものである。草の根活動的なもので、情報を発信する基地が各地にできるということである。
最後に、観光ビジョンを単なる「観光ビジョン」として描く時代はもはや終わっている。それは観光のあり方そのものが変化しているからに他ならない。新しい観光の未来像を考えるとき、これまでの観光のかたちを前提に観光ビジョンを描くことはたぶんないはずである。もし、そんな地域があったとしたら、観光のかたち、そのものが大きく変化していることを知らなくてはならないだろう。特に、スローライフや田舎暮らしがややブームとなり、団塊世代の大量退職時代を前に、その囲い込みを目指す機運の中、これまで観光と縁のなかった地域では、その変化が見えていない、その変化の本質を、数字の上でも、感覚の中でも理解できていないことが多い。グリーンツーリズムやエコツーリズムへ付け焼刃の観光プランを作っても、少なくともビジネス、産業レベルの観光事業に発展させることはできない。その地域のあるべき観光、その未来像を描いて進むことがなければ、ここでも勝ち組と負け組みははっきりすることになる今、観光で注目されるキーワードとして、エコツーリズム(長期滞在型観光として注目)、2007年問題(団塊大量退職時代のシニア観光のビジネスチャンス)、などがあると考えられる。06F031「記念講演・第1~5講の講義を受講して感じたこと」
【受講番号】 06F031
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講して感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講して感じたこと」
さて今回、ひょんな事から自分がホスピタリティーカレッジの門をたたき、毎週松本へ(安曇地区にいると未だに松本市内という実感がない)通うことになりました。
現在、乗鞍高原に住み、白骨温泉の某旅館で糧を得ているわけですが、サービス業のプロとなると言うことにたいして、まだまだ自覚が足りないし、勉強不足を思い知りながら、通い続けております。
今年年男の36になるわけですが、長野に来る前の20代半ばまでは、岩手にいました。
そのころから、「どうやって山村で暮らして生活していこうか」と言うことが、自分にとってのテーマでした。学生の頃は、林業を学び。研究室も山村経済学と言ったところです。
その後、森林組合やログハウス屋を経由して、今日に至りますが、住み続ける事の難しさも当然あるものの、二児の父となり、今までにないよろこびも感じる毎日です。
前置きが長くなりましたが、日々そのようなことを思っていることと、今回の受講で感じたこと、特に第1講をもとにして、自分の興味ある3・4講についてレポートしたいと思います。
まず、佐藤教授の第1講において、自分たちの位置関係の認識を、いろいろな角度からあらわにしていただきました。法律や旅行業と言うことに関しては、第6講の石山先生の講義でさらに詳しいですが、旅行や観光と言うことに関する大きな流れに触れることができました。お客様のニーズ・長野県の評価・いろいろなニューツーリズム・人材の育成等々いろいろな要素があったかと思います。
現在、自分たちが直面する問題として、2つ取り上げます。
・大局的にも身近なところでも、現状を認識する力に乏しい。
山の中の観光地、秘湯の老舗旅館。そういった場所にも、否応なく世の中の「ニーズ」
は、押し寄せてきます。めまぐるしく変化する環境もまたしかり。しかし、そういった情報は、やり場を失い、垂れ流したままという感じがします。あまりにも、自分たちが於かれた環境や地域のことを知らなさすぎる。自分も、それほどえらそうなことは言えないけれど、お粗末。
・過去の、失敗経験によりチャレンジする勇気を失っている。
地域に昔からいる人たち、特にここで生まれ育った若い世代に、パワーが感じられない。
変化をチャンスととらえるような、バイタリティーにはほど遠いし、人や他の地域の良いところをまねる、といったところもない。
住まいのある乗鞍の地域としての問題と、仕事をしている白骨の観光業としての問題とは、多少異なる部分もあるものの、かぶる部分も多く抱えながら、日々苦いお想いをしています。
乗鞍・白骨地域は、観光地としての資源において、日本有数であると信じます。まして、
東に松本市内。西に奥飛騨温泉郷・飛騨高山。ここにおいて、観光業が成り立たないとするならば、やはり、上記したような内面の問題に他ならない。
そこで、ホスピタリティーなのか。と、今更腑に落ちました。ただ、そうしたホスピタリティーの気持を、自分だけでなく他の人にも広めて行かなくては、意味をなさない。そう、このカレッジ後のことを考えると、あーあである。
そんなに落ち込んでばかりもいられないので、プラスになることを求めて出席しているわけですが、第3・4講に関して、特に触れたいと思います。
第3講「バリアフリーと国際化」
正直、障害者・高齢者・・・苦手です。どう接して良いかわからない。と書きながら、あっと思ったのが、自分の外国人に対する接し方と一緒なのかと。また、なるほどタイトル通り。その人達がどうと言うよりも、自分がバリアーを持っていると言うことも見えてくる。自分のわかる範囲内の人とコミュニケートしている方が、楽なのだ。でもこれって、現代のいろんな問題を含んだキーになりそうだ。アラブ社会とアメリカの戦争と、いじめの連鎖。どちらも、出口の見えないコミュニケーション障害。でも、おたがい人間なんですよね。どうにかして、関わりを持っていかなければならない。
ただ、それほど多くない経験から言っても、外国人とコミュニケーションできたときは、ちょっとしたことでもうれしいし、お年寄りや障害者の方に喜ばれるのはうれしいことです。ふつうの人同士では、あまり感じられない感情が生まれるのは事実じゃないかな。あえて分けるのではなく、障害があっても無くても誰もがと言う、アクセシブルな考え方は、
常に身につけていなければ行けないと思う。
そう、いくらか素直に思えるようになったのは、子供が出来て、いろんな所へ出かけるようになったことも大きく関わっている。やっぱりまだまだバリア有りまくりで、バリアフリーにはほど遠い場面が、多々ある。でも、それはハードな面ばかりではなく、ソフトな面、気持の問題で伝わるものが全然違うと言うことも、気をつけなければいけない事だと思いました。
第4講「エコツーリズムによる新しい地域観光の創造」
小林先生のお話は、2度目でした。前回は、乗鞍で行われたエコツーリズムオープン講座。乗鞍でもいろんな可能性がある。もっともっと学んで考えて形にしなきゃと思いながら、あっという間に半年がたってしまいました。そして、先生の2回目のお話。ただただ堂々巡りをしている自分たちとは違って、いろんなところで始まっているエコツーリズム。
せめてもと思い、日本交通公社から「エコツーリズムさあ始めよう」を、買ってみたりしました。それよりも何よりも、地域の環境を大事にし、それを守っていく地域住民の輪を
広げていかなければ始まらないと言うことを、痛切に感じる。
乗鞍で通年仕事するには、この分野をのばすしかない。極論としてそこまで思っているし、そうしなければ、乗鞍の集落も崩壊するのじゃ無いだろうか。それと共に大事にしたいと思っているのは、1次産業・2次産業の復活です。乗鞍の歴史は決して浅くはない。
そこに住んできたという事実を、もっと大切にして、見直していけば上高地などにはない魅力が出てくるに違いない。
さて、2007年は、はじまったばかりです。なんかのっけから愚痴ばかり書いてしまったレポートに思えるが、今年の目標は、「仲間を増やす」と言うことにしよう。
会社でも、地域でも、問題一つ一つにたいして、前向きに意見を言い合える仲間を、
一人でも多く作ることを掲げてレポートを終えたいと思います。
なんだかまとまりが無くてすいません。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
健康と温泉に関する資料ありがとうございました。06F013「心に残るサービス」
【受講番号】 06F013
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
私は、昨年4月19日から6月8日にかけて、四国を歩いてきた。俗に「四国へんろ」といわれている旅に、無謀にも兆戦しようと思い、さらに可能な限り野宿をしようと、60リットルのザック、テント、エアマット、寝袋などを新調し高速バスで四国徳島へと旅立った。 旅の目的は、ダイエット(お腹周りの脂肪をなんとかせねば!)と、へんろ道って、どんなところ?かの好奇心からであり、第1番霊山寺から第88番大窪寺まで順番に参拝する、順打ちのルートとした。
第1番霊山寺の門前1番街でへんろ用品(最低限必要と判断した:白衣、輪袈裟、数珠、経本、納経帳、納札、線香、ローソク)を購入。事前の知識習得もしていなっかたため、どのように参拝すればよいのか分からないまま、ガイドブックの手順で進めるも般若心経が読めないため黙読で済ます。いよいよ、へんろ旅のスタート。
初日は第10番切幡寺の門前までたどり着いたが、約40km歩いたことと、荷物の重さが20kg程度あったため、体力的にはかなりきつい状況となった。この状態で、とても1400kmは歩けないと思い、翌日宅配便でテント、エアマット、寝袋、余分な衣類等を送り返した。テント等は一度も使用することなく、野宿の思いも敢無く終わった。
徳島県最後の第23番薬王寺まで5日間で走破したが、この間は比較的に天候に恵まれ、気分よく歩くことができた。
この間、白衣も傘も着けていない私に向かって、手を合わせて挨拶してくれたり、車を運転している方もすれ違いざまに会釈してくれたり、登校中の小中学生も元気よく挨拶してくれるなど、私を「おへんろ」と認知してくれていることに感激した。また私は、その日の道のりは行けるところまで行くとの信念から事前の宿の手配は行わず、早くても午後3時頃に予約したり、その多くは飛び込みであった。1日に60km歩いたときには、人家も無く、明かりもない道を歩き続けるも一向に目的の寺にたどり着けず、ついに野宿?(でもテントは無いが)が頭に浮かぶ。それでも、午後9時にお寺周辺の宿に到着し、宿泊をお願いした。はじめは、これから?と言われたが最後は快く承諾しれくれ、それからお風呂を用意してくれたり、おにぎりを つくってくれたり、大変ありがたく、心から感謝した。翌日の朝食後、宿のおかみさんと話をしていると、妹さんが諏訪近辺に住んで居られるとので話が盛り上がった。片倉館のお風呂って知っている? あそこのお風呂って深いのよ? と次々に質問された。昨日の心細さから一転して大変楽しいひとときを過ごすことができた。
一日平均40km程度を歩き続けたツケが後半徐々にきた。それは靴擦れ。過去に感じたことのない痛みである。痛いので裸足で歩いた。が、我慢の限界を越えた。ここで一旦離脱、ゴールデンウィークに入ると宿も取れそうに無いので、松本に戻り、ゴールデンウィーク空け後に再スタートすることとした。
靴を選びなおし、ザックも38リットルとし、持参品の見直しを行い、軽量化を図る。G/W明けに第23番薬王寺から室戸岬に向けて再スタートした。これからは、四国4県で最も長い道のりの高知県であり、次の寺まで100kmもある。いきなり、暴風雨の洗礼を受ける。おまけに室戸岬までは海岸線である。歩きお遍路の方も数少なくなっていた。高知県を抜けるのに2週間近くかかった。徳島と打って変って連日の雨が続くがここでは多くのお遍路の方と出会えた。ここでは、年齢、性別国籍を問わず、いろんな方々が順打ち、逆打ち、通し打ち、区切り打ちと各々の思いで歩いていた。道端では、「遍路さんご自由に食べてください」と柑橘系の果物が置かれてあったり、無料休憩所や接待所などがあり、へんろ旅の人たちには親切さが身にしみる。また、へんろ仲間どうしでも情報交換したり、助け合っていた。英国人の男性が一人で旅していたが誰かしら順次交代しながらサポートしてたと聞くと、なぜか嬉しく素敵だなと感じた。私も1週間の間で所々で彼と逢ったが、はじめは何も話すこともできなかったが最後には挨拶やコミュニケーションがとれて嬉しく思えた。 その後、愛媛県と香川県を抜け、6月6日に第88番大窪寺に到着し、結願した。目標を達成した満足感と目標を失った虚脱感でしばらく境内でたたずむ。しばらくして、他のへんろさんと一緒に食堂でビールで乾杯!
そして、最高のご褒美は、体重10%減、体脂肪5%減、ウエスト3サイズダウンでした。
このへんろ旅で感じたこと、それは人のやさしさに接したことでした。夜遅く飛び込みで宿に行っても快く受け入れてくれたり、道を間違えて歩いていたら軽トラに乗っけられて戻してくれたり、足が関節炎で腫れあがっていたら発泡スチロールの箱に氷を沢山入れてもって来てくれたりなど多くの方々の親切を受けた。また、多くの遍路旅の方々と出会い、その人たちから活力を得た。私より年配の方々が頑張っているのだから負けてはいられないとの思いもあった。
また、へんろを快く迎え入れる環境、風土がまだ残っていることも十分に感じられた。
決して過度なサービスは、私には必要無い。でも、心のこもったサービスには心から感謝する。06F018「記念講演 第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F018
【 テ ー マ 】 「記念講演 第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演 第1~5講の講義を受講し感じたこと」
今回観光ホスピタリティカレッジを受講するにあたり、私は最近講義を受けて勉強をするという世界から離れてしまっていた為、正直オリエンテーションにはとても足が重くゆうつな気持ちで参加しました。
そして第1講の開講式「新たな価値観と観光の時代」の内容で佐藤教授の講義をお聞きして、今の自分の携わっている職場にとても関係した内容で佐藤教授の松本に対しての熱心な取り組みが伝わり、私も生まれて一歩も県外に出ることなく、この安曇野に住んでおりますので興味を持って聞く事ができました。
私はこの大好きな安曇野市そして松本市に住みながら遠くから観光を眺めていただけです。
確かに歴史・伝統の事はむずかしくてわかりません、でも人的資源になれるよう努力しようと思え、教授のお話を聞く中でだいぶ考えが変わってきました。
それから食材資源の面では、第2講の北沢さんの「信州の食」の講義がとても楽しく、今までの食という凝り固まった頭の中に新しい風が通った感じがしました。
一木一草のお料理、コスモスの花のサラダ、新鮮な食材はなるべく手を加えずに提供することが技であり自分自身の食に対する感性を鍛える事によって、一つの食材が宝物になっていくのだからもっと足元を見ることが大切、確かに最近食材選びの中で無農薬ですとか有機栽培とかに注目されているので、そういう面には注意していますが、畑で作る以外の食材に目を向け普段目にしている花や木や草などを食材として使おうと思う事はありませんでした。
食材は土から離れた距離と時間が短い野菜が一番の贅沢であり、その新鮮な食材にはなるべく手を加えずに塩で食すると言う事で、これからはお塩にもちょっとこだわってみようかと思いました。
採りたて新鮮な野菜もいろいろな調味料を加えて味付けをしておいしいと思うのとは違うおいしさがあると気づかせてもらう事が出来ました、そして畑から採れた野菜をあたりまえのように使い調理していましたが、野菜をいつも作ってくれる親に感謝し採れた野菜がどうしたら一番おいしくいただけるのかを考え食卓に並べられるように少しずつでも考えてみたいです。
そして第3講「バリアフリーと国際化」、今いたるところで障害のある方が不便のないようにいろいろな面で取り組んでいますが、まだまだ実際障害のある方が生活していくのには、私達にはわからない不都合がたくさんあると思います。
以前、松本駅前の交差点を車で信号待ちしていた時の事です。
交差点を車椅子の女性が渡っていました、その時少し段差の所で車椅子が動かず困っていました、その女性を見ながらもしらん顔して通り過ぎていく人の多さにあ然とし、手を貸したくても車から離れる訳にもいかず、見ている事しか出来ない自分にイライラしながら居ると、男性が車椅子を後ろから押してあげさっと行ってしまいました。その姿に私もありがとうございますと伝えたい気持ちでした。
まだまだ障害を持っている方に力を貸してあげる事が普通に出来ない人の多い中で若い学生が台湾Accessible Tourの中で、どうしたら旅を楽しんでもらえるのか自分自身が考え動いている様子を伺う事ができ、とてもあたたかい気持ちになり、これからもそんなあたたかい相手をおもいやる気持ちを持って社会にでていただきたいと感じました。
お正月が終わって半分の講義が終わりました。
むずかしい講義はありますが今は毎回普段あまり聞くことの出来ない講義を楽しみに、そして佐藤教授のお話も楽しみに後半分ですが参加させていただきます。06F009「心に残るサービス」
【受講番号】 06F009
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
標高3,800mのロッジで新年を迎えようという、エヴェレスト街道トレッキングに参加した時の事です。ネパールを訪れたのは初めてであり、空港に降りた途端、むせ返るような排気ガスと香辛料の混ざった熱気に圧倒され異国に来たと実感しました。
足を引きずりながら小銭をねだる子にノーと断った瞬間スキップをして走り去ります、昼間だというのに多くの若者が悠長に道端に座り込んでいます、何十年も前の日本車や三輪車が走っています、その横を牛がノソノソ歩いています。あまりの環境や文化の違いに目が点の連続でした。
カトマンズからルクラまでは小型飛行機で40分程度かかります。生憎の曇り空、天候が回復しなければ飛ばないとの事。待たされること二時間あまり、パイロットと助手達は何食わぬ顔で地面に座り込んで談笑、それも許せてしまうのは、なんとも不思議...
いよいよ、トレッキングの開始です、私達の荷物を運び、三度の食事を作り、朝、夕の洗顔用のお湯を洗面器に用意してくれるのは、私の息子ぐらいの少年達です。トレッキングルートは彼らにとっては生活道であり、一大決心をして挑んでいる私達とは比較にならない余裕があります。食事を終えた私達が出発した後、食器を洗い、片付け、何時の間にかひょいひょいと追い抜き、次の食事を作り、屈託のない笑顔で待っていてくれるのです。食事前に必ず出してくれるのが、ホットオレンジジュース、最初はなんだこりゃと思ったのですが、慣れるものです。大晦日の晩はオーブンも無いのに、フワフワのケーキが登場、フライパンで焼いてくれました。翌朝はなんと、お雑煮です。しかし、ガーリックがチョピリ効いていて、一瞬、無口になってしまいました。確か、竹の籠に入って暴れていたニワトリが帰り道では姿を消し、籠は荷物入れになっていました、私達が食べてしまったんですね。
彼等は概ね、観光客が置いていった、くたびれ果てた穴のあきそうな靴を履き、ヨレヨレのジャンパーを着て、何日も風呂に入っていない黒い顔と手をしていました。そして、いつも笑顔を絶やさずサービス業に徹し、真摯に振舞っていました。チームの中には、リーダー、サブリーダー、クッキングリーダーなどがいて、恐らく厳しいルールが存在しているのだと思います。トレッキングのサポートを依頼されたリーダーがチームメンバーを独断で召集するのだと聞きました。働きが悪ければ声はかからないだろうし、協調性も問われる熾烈な戦いがあるのでしょうか。
多くの観光客が利用するのに、全くトイレの悪臭がありません、板を渡した簡素なトイレ、隅に落ち葉が山盛りになっています、用を足したら、落ち葉をかけるのが慣わし、落ち葉の中のバクテリアが分解してくれるのだそうです、更にそれらがなだらかに斜面を下り、下の畑に落ちていく設計になっている場所もありました。余談ですが、高所は当然、酸素量が薄く、容易に酸欠状態に陥ります、何があっても走ってはいけないと忠告されていました、よって何気なくトイレで頑張ると、かなり苦しくなります。便秘は禁物です。
そして、道中のゴミはゼロ。気をつけなければいけないのは、ゾッキョの糞を踏まないこと、特に湯気の上がっているような糞を踏んだら最悪。道中で最優先されるのは人間ではなくゾッキョなのです、カランカランと首の鈴を鳴らしながら通ります、人間はただちにどかなければならないのです。ゾッキョは重い荷物を運んでくれます、乾燥させた糞は燃料になるのです。
当時、私はとても便利で物質に溢れた豊かな日本の生活環境と比較し、彼等と彼等の貧しい村が気の毒に思えました。しかし、改めて振り帰ってみると、その認識は間違っていたように思えます。
彼等には当たり前の生活なのです、困ってはいないのです。観光客のサポーターの仕事は貴重な現金収入になり、彼等の家族や村を支えているのです。
宗教を重んじ、環境を守り、家族を大切にして、大地に根ずいた生き様そのものが、何にも代え難いメッセージサービスだったと気付きました。06F006「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F006
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
私が、観光ホスピタリティカレッジを受講しようと思ったのは、昨年受講できなかったということもあるのだが、家業の山宿に来ていただいている、お客様の感じが、ここ数年変わってきて、先行きがどうなってゆくのか不安になっていることが第一だった。
また、宿のある上高地でも、日帰り客はともかく、滞在されるお客様が少なくなり、「郷づくり委員会」などを発足させ、試行錯誤を行っているという事も動機の一つだ。
学校の教室に座って講義を受けるなど、ほぼ30年ぶりなので、不安であった。
かつては、私も観光学科の学生で、それなりの学問や、その時代の先端を走っていた、観光業関係の講師の行う授業を受け、意気揚々と、家業に飛び込んだものの、現実とのギャップに悩んだことも一度や二度のことではなかった。もっとも、学業ではなく岳業に熱心で、真面目な学生ではなかったからだったかも知れない。
さて、そんなおじさんが、不安を抱えながら、11月9日に第1講を受講させていただいたわけだが、佐藤先生の「新たな価値観と観光の時代」は、本当に面白く、引き込まれてしまって、あっと言う間の1時間半であった。その後、第4講は出ることができなかったが、すべての講義が楽しく、次の講義が待ち遠しいくらいだった。
なぜなのだろうかと考えてみた。もう、学ぶ機会などそうあるわけではないからなのだろうか、それとも久しぶりに講義を聞く珍しさなのか・・・いや、そうではない、そうでなければ、何回も持続して楽しく講義を聴くなどできないはずだ。きれいな教室、パワーポイントの使用?もちろん一つの要因にはなっているが、それはわずかなことだ。
講師陣の多彩さ、真剣に伝えようとする姿勢はもちろんだが、自分が昔とは変わっているからではないかと思う。かつての授業の教科書は、分厚く、欧米の学者によって書かれたものを翻訳した本や、何年にもわたって使われているもので、それを生み出した実際のホテル業務や旅行業務はずっと昔のものだったのではないだろうか? もちろん、新しい知識もありはしたのだが・・・ 今覚えているのは、カイオアだったかホイジンガーだったか「めまいの遊び」などの遊びの定義や、専攻していた「余暇社会学」のゼミの授業で鈴本演芸場に、落語を聞きに行ったことくらいしかない。
カレッジの授業が、まるで二日酔いの朝のポカリスエットのように、体に吸い込まれるように入ってくるのは、やはり実践してきたからではないだろうか。実際、一つ一つのお話が、毎日やっていることにダブってくるのだ。
第1講の「新たな価値観と観光の時代」では、人が旅に出る理由の変化や、旅行形態の多様性への対応を、実際に自分の宿と観光地として関わっている立場として、果たして自分は住民のプロになっているかを考えさせられた。
第2講の「信州の食」では、自分の宿の料理を、なんとか地元の安全な食材を使って、しかも独特なお料理でお客様に喜んでもらいたいと考え続けている私にとって、お皿を信州に見立てるという考え方は、目から鱗が落ちたような気がした。
第3講の「バリアフリーと国際化」では、昔から、エレベーターの無い木造の二階建ての宿で、色々な障害者の方を受け入れてきたので、一つ一つの苦労のお話が、まるで自分のことのようだったし、アクセシブルということが、身体や精神の障害のある人だけではなく、世界中のすべての人々にとって旅行を計画し、実践し、思い出として残ることのすべてに平等でやりやすく、楽しんでもらえる宿であり観光地であることの大切さを学んだ。
第5講の「マナーと伝統」では、違う文化の国と国との間には、習慣などが異なるので、ホテルではプロトコルの係が居ることは知っていたが、人と人との間を繋ぐ、いくつものコミュニケーションルールがあること、そして、基本は、自分がして欲しいことを相手にも施してゆく気持ちであることを改めて教えていただいた。
第6講の「健康と観光」では、現在の旅行業の新しい試みであり、宿泊業も健康に配慮した施設やサービス創りを試行するところが多くなっている現在、観光業全体で考えてゆく必要性を感じた。
今回の講義の中で、松本大学の学生が、このような授業を受け、また、海外からの障害者の受け入れを実践で学び、頭だけの知識ではなく、ホスピタリティの本質を肌で理解できるのをうらやましく思うとともに、将来の日本の観光業を支えてゆく人材が、きっとこの中から生まれてゆくのではと思う。もちろん、実際に観光業を営んでいる私たちも彼らに負けぬよう、努力してゆかねばならないのは言うまでもない。06F027「第1~5講の講義を受講し感じた事」
【受講番号】 06F027
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「第1~5講の講義を受講し感じた事」
新聞で「もてなし方」来月から講座、の文字を目にした時、私は「これだ!」と直ぐに
受講の手続きを済ませました。全く観光と関係の無い仕事に就いていた私でしたが、指定管理者の指定を受けた「安曇野市天蚕センター」(天蚕は日本原産の野蚕でやまことも呼ばれ、繭は美しい緑色の長方形でこれからとれる天蚕絹糸は繊維のダイヤモンドにもたとえられ、安曇野市天蚕振興会は飼育、繰糸、機織で構成されています)の施設管理運営にかかわる事になり、いろいろな不安を感じていましたので、すがる思いで受講申込をしました。不安と期待を胸に参加した第1講目より今までの生活の中で馴染みの無かったホスピタリティ?ニュー・ツーリズム?エコツーリズム?などなど、カリキュラムが進むたびにおつむが・・・・・。それでも講師の方々の楽しい講義内容に徐々に引き込まれ、毎回楽しみになりました。第2講では食でおもてなし=目線を足元に移し、少しの工夫で素晴らしくなること、三皿=土地、家、料理の調和が大事であると言う事など驚きでした。又、第3講では「アクセシブルツアー実現の11の要素」にも大変刺激されましたし、これが広がって更にサービスの質の向上に繋がるよう、一人ひとりが認識していかなければならないのではないでしょうか。そして第4講の『エコツーリズムによる新しい地域観光の創造』はとても興味深く受講し、安曇野周辺でもエコツーリズムに取り組んでいけるのではないか?具体的にはよく分かりませんが、3つの分野(観光産業、環境、コミュニティ)の人たちがそれぞれ意識改革をして結びつき、ひとつのものを目指せば地域の活性化に繋がるのではないか、そしてこれからは団塊の世代の方が退職後に何をするか模索しているという事も聞かれます。自然と健康に関心のある団塊の世代の方々や、こだわりのあるものを自分のために求めている観光客にも是非来て頂き、地域の活性化につなげたい!単純にそう思っています。第5講では、八木先生の長期勤務経験の中から気配り、目配り、手配りについてのお話大変参考になりました。そして第1講目、佐藤先生の講義内容の中に地域の活性化に繋げる全てのヒントが盛り込まれているように感じました。旅行者の潜在的なニーズを探り、期待している物を提供して感動、感激、感謝することに気づかせてあげる。それを達成するには様々な角度からのアプローチが必要である事など、『ホスピタリティ』の言葉をいつも頭の片隅にとめながら行動したいと考えています。06F040「心に残るサービス」
【受講番号】 06F040
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
今までに受けたサービスについて、心に残っている3つの思い出について語りたいと思います。
1つ目は淡路島のホテル。私はこの10年間、毎年淡路島でお正月を迎えています。松本から車で8時間強。今でこそ橋も出来て高速も完備されて来ましたが、当時は橋もなく、およそ便利がよいとか、周囲に観光名所があるとかいう場所ではなく、建物も飛びぬけて設備が充実しているとかとは無縁なホテルです。近くに淡路温泉があるにもかかわらず、ホテルには温泉さえ出ていないのです。ここは会員制のリゾートホテルチェーンです。会員権を持っているので、行き先にこのホテルチェーンがあれば優先して使っています。組織が大きくなると安定したサービスが受けられます。反面サービスがシステム化され、多少の味気無さが生まれるのも事実ですが。
そのホテルを初めて訪れたのは、別の用事で近くに行ったついでに、行ったことのない淡路島に足を延ばそうと思ったのがきっかけでした。食事は和食のレストランを選びました。食事中、厨房から白いコックコートにエプロンの若い男性従業員が、大きな深鉢を乗せたワゴンをひいて出てきて、「皆さん、今日は大変よい鰤が入ったので、料理長がアラで煮物を作りました。よろしかったら一皿100円です。」と回って来たのです。ちょっとしたサプライズサービスです。その鰤大根があまりに美味しそうに見えて、お腹は一杯でしたがつい頂いてしまいました。食べた時、何だかほっとする感じがしました。母親の味を連想したのです。上品で美しい会席のコース料理の間にあって、田舎のもてなしのような無骨な温かさ。その時の料理長は転勤して、もうそこにはいません。でも「淡路の和食は味がよかった」という刷り込みを脳内にしてしまった私は、それから10年、この淡路島を毎年の滞在地にしてきたのです。リピートのきっかけとはそんな些細なものなのです。美味しいものは巷に溢れていて、大人になるにつれ食への感動も薄くなっていく。あの時、鰤大根の大皿に、もてなしの原点を見た気がしました。このホテルチェーンはこれ以外にも、アンケート調査などで答えたものが結構採用されています。例えばロイヤルポーションというコース。同じ金額でも量が少なめで、その分質を高くしてあるものです。いつも思うのですが、ホテルの食事は量が多すぎます。食事時間5時台からの選択というのもあります。食事が終わった後の時間をゆっくり過ごせる。暮れの紅白歌合戦も食後に見れる。観光とリゾートの大きな違いは、その滞在期間にあると思います。だからこそホテルの居心地は重要です。
2つ目は高速道路のパーキングエリアでの思い出です。その日は雪が降って道路が渋滞していました。家に帰っての夕食を諦めて、パーキング内のスナックコーナーに入った時の事です。その時、夜9時20分くらい。営業時間は9時までとなっていました。それでも雪に追われて次々と入ってくるドライバー達に、厨房のおばさんが大声で「まだいいからね。急がないでいいよ」と叫びながら、温かいお絞りを渡してくれていたのです。入り口売店の電気の大半はすでに消えていましたが、スナックコーナーの厨房内だけは明々と灯りが灯り、忙しく立ち働く人たちがいました。この人たちにとっても残業。この後雪の中を帰らないといけないだろうに。そう思うと感動して、御意見BOXに投稿してきました。その後一ヶ月くらいして、そのパーキングエリアから、手書きのちょっと下手糞な字で返事が来ました。これからも頑張りますという内容のものでした。フィードバックがあることにも、ちょっと驚きました。
最後は酒造会社でのこと。忘れられないおじいさんの話です。何年も前ですが軽井沢に行く途中、日本酒の好きな私は酒造会社の看板を見つけて立ち寄りました。古い建物の趣きが素敵だったので写真を撮っていると、杖をついた老人が声をかけて来ました。「お酒が好きなの?」と聞かれ「古い建物とお酒が好きです。」と答えると、建物やお酒の説明を始めました。どの窓ガラスが当時のままなのかとか、建物はどのくらいの年月経っているのかとか、お酒の説明などを、一緒に歩きながらひとつひとつ話してくれます。ずいぶんと長い時間を過ごした気がします。そして近くに出来たという美味しいお蕎麦屋さんを紹介してくれました。老人がその酒造会社の元社長であるという事を、そのお蕎麦屋さんで初めて聞きました。どうりで良く知っているはずです。私は人と話すことが苦手で、どこかに旅行に行っても地元の人と触れ合う機会や、いろんな知識を教えてもらう機会は滅多にありません。だからこそ、そのフレンドリーな存在は今も暖かく心に残っています。余談ですが、その時老人が教えてくれたお蕎麦屋さんは、出来たばかりの職人館さんでした。
心に残るサービスとは、人の温かさにあるのではないでしょうか?訓練され、計画されたサービスは確かにすばらしいと思います。そこに心があって初めて相手に伝わるのではないかと思います。今年からボランティア観光ガイドを始めました。自分が受けた温かさを、誰かにも味わってもらえたら幸です。06F025「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F025
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
私は今回のホスピタリティカレッジに、観光産業の宿泊業界に携わるものとして参加させていただいております。今回1回目から5回目の講義を受講し、この業界の現状を改めて考え直すと同時に、松本的ホスピタリティ『松本らしさ』のありかたについて考えてみたいと思います。
日本人は旅行が好きだと言われています。実際に、国内外を含めて旅行業界は大きな市場を持っています。また、この業界は利用者が老弱男女を問わないほど幅広いという他業種にはあまり見かけない珍しい業界でもあります。古い資料ですが平成12年で1世帯当たりの1年間観光産業に使うお金は約146,000円との統計もあります。年代は様々ですが各生活に合わせた旅行をしている実態が解ります。
旅行には実生活と離れた開放感があります。海外旅行に行くと偉くなった気がします。自然とふれあう寛ぎがあります。旅行の魅力とはそんな広範囲にわたったものなのでしょう。
しかしながら日本古来の旅館は瀕死の状態であるといわれます。実際各地方都市では駅前にホテルが乱立し顧客の囲い込みにしのぎを削っています。旧来の旅館にまでお客様が回ってきません。現在の松本市も同じような状況下にあると思われます。全国で7万件近い旅館の中で黒字経営をしているのは5%にも満たないと言われている現実がここにあります。
なぜお客様は旅館を使わなくなっているのか、ここの問題点を考察し逆手に取れば一筋の光が見えるかもしれません。まず旅館を敬遠する理由を調べてみました。
インターネットの利用者感想などを調べると『古い・汚い・不潔・不自由』こんな批判があがっているのが解ります。古いは仕方ないでしょう、旅館には歴史がありますから。しかし壊れていたりして利用者に不便をかけるのはいけません。経営悪化の旅館が多い中、設備投資にはなかなか資金が回らないのも事実ですが。汚いは清掃の問題、努力すれば解決できるはずです。不潔は汚いに近い意味合いですが旅館の抱える『共用』という本質の部分を表しています。誰が履いたか解らないスリッパを素足で履く。こんな共用の問題が旅館には溢れています。不自由は、門限の時間があったり、食事の時間を決められたりとホテルのように無制限に選択余地があるものではありません。
こんなに沢山の不満がある中でなぜ旅行者は旅館に泊まるのでしょう。地元の美味しい料理が食べたい、温泉にゆっくり浸かりたい、自然環境がすばらしいから等々・・・。これは近代のホテルが効率を主軸に置いて切り捨ててきたものです。人の集まる駅周辺に立地しビュッフェ形式の食事提供で回転数を上げ人件費を削減する。旅館業は同じ方式をとっても喧嘩にすらなりません。しかし急ぎすぎた時間を送っている現代人にとって旅館の非効率なやすらぎが認め直されているのは事実です。
今後旅館が生き残るためには先の『古い・汚い・不潔・不自由』を改めることから着手していかなければなりません。そして改善をしていく中で大切なのが温泉街の皆が意思統一を図り、ある一定の基準で標準化していくことが必要だと思われます。その地域の旅館で一人勝ちではなく、温泉地として他の温泉地との競争に勝ち残っていく必要性が求められています。
既に成功している地域として九州の黒川温泉の例があります。ここは川沿いの渓流地に位置しており、高度成長期にはその地形が災いし、他地域の巨大温泉郷のように、部屋数を拡張のための設備投資に走り、癒しとは正反対のコンクリート構造物、そして巨額の借入金を抱えるということはなかった地域です。温泉地としての基本的な雰囲気が保たれています。今日では低層でかつ20室程度までの旅館がお客に目が届き、食事・案内等適切なサービスを提供できる規模といわれていますが、ちょうどこの規模の旅館が多いのも黒川温泉の特徴の一つです。
そして旅館後継者としての後藤氏が癒しの空間をコンセプトに自身の旅館の手直しを始め、このコンセプトが旅人に受け入れられ成功すると、他の旅館もそして街作りも同じベクトルへと誘導していったのです。衰退していた時期〈藁にも縋りたい〉他の旅館経営者は同じ意識の元団結することが出来たのだと想像できます。
では、この地松本でどのような展開ができるでしょうか。松本も昔から存在する温泉地を各地に持っています。また平成の合併に於いて山間部の温泉地も松本市に編入されました。各地は地理的には離れていますので、全てを同じ論理の元に括ってしまうのは難しいかもしれません。
成功例として松本市市街地の中町通りがあります。こちらは以前より統一性のある意識の基に同じ方向性をもって進んできているように思います。決して大きいお店やメインのお店がある商店街ではありませんが各店主が同じ思いを共有して商いをしているように感じます。外部からの見識なので内部は大変かもしれませんが、観光客に受け入れられ始めているのは確かです。女鳥羽川を挟んでの縄手通りも頑張っています。『松本らしさ』が滲んでいるように感じます。
しかし旅館業となると『松本らしさ』が消えてしまっている感があります。確かに努力している旅館さんは沢山ありますし商売として軌道に乗っている旅館さんもあるでしょう。サービスが良い、料理がおいしい・・・いろいろな成功の要素はあるかと思いますが、松本らしい旅館の姿がなかなか見えてこない気がします。同業の現場に従事していて感じないのですから観光客へは伝わっていないと思います。『松本らしさ』たったこれだけの言葉ですが奥深く受け取り方はいろいろあると思います。
今後『松本らしさ』のコンセプトを立ち上げることが必要だと感じます。大きな松本市です市内の地域ごとにこれを骨格として色づけをしていけば良いと思います。自己満足ではなく、きちっとした形で訪れた観光客に認識していただけるものが必要です。これには行政・地域の観光業者・そして住んでいる住民全ての方々の意識の統一が叶わないと難しいことです。先の黒川温泉では後藤氏が旗振り役をしました。今後の松本市でも行政からまたは旅館の経営者から『松本らしさ』を前面に出した改革がなされれば歴史のある街並みが輝き出すのではないでしょうか。またその時に成功者を皆でつぶしてしまわないように各自が勉強している必要性もあると感じます。
まとまりのないレポートになりましたが、現在成功している地域を妬むのではなく成功地が点ならば線へ、線になったら面へと広げていく気持ちが松本市の皆に必要であると感じます。06F035「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 06F035
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
私が住む乗鞍高原は北アルプスの南端、乗鞍岳の麓に広がる緑豊かな美しい高原地帯である。岐阜県・長野県堺に股がり最も手軽に3000m級の山に登ることが出来る所として有名である。特に長野県側から眺める端正且つ優美な山容は、溜息が出る程美しい。
しかしである、山岳観光地として最も重要な「景観」という要素を備え持っているにも係わらず、乗鞍の観光事情は低迷している。2003年夏よりスタートした山頂への山岳道路乗鞍エコーラインのマイカー規制が原因であると、一言で片付ける方もいるが、そんな単純なものではない。乗鞍の魅力を活かした観光客の誘致ができていないのである。ただ山が、スキー場があってお客様が勝手に来てくれた時代は既に終わっている。
乗鞍高原には最盛期は150軒程の宿泊施設が営業していたと聞く。地元民による民宿や旅館、ロッジ、移住民によるお洒落なペンション、企業による中規模ホテルなどタイプは様々である。昨今の低迷により残念ながら経営が成り立たず廃業する施設が増えているのが現状である。これは景観を重視する観光地としては大問題である。そのまま家主が在住して建物をきちんと保全管理している場合は良しとしても、売却不可、借金・競売などという事態を招いている件については、当然施設が老朽化・放置されるケースが生まれてくる。寂びれた建物が点在する景観ほど観光客にとって見苦しいものは無いはずでる。これからも発生してくるこの手の施設をどうして行くかは乗鞍にとって大きな課題である。個人の所有である土地建物である以上、権利関係の問題は複雑であろうが、出来ればその施設を観光に活かしたいと考えている。
まず、建物を管理する組織を立ち上げて、活かせる施設を選別して管理下に置く。小さなペンションタイプ、古民家風の家屋が最も望ましい。それらを1家族、1グループ単位の擬似住民型の滞在施設として利用するのである。申し込みにより地域住民スタッフの中からホスト役を決定し、滞在中は各施設に泊まり、全てのサポートをする。住民のプロとしてのノウハウをフル活用して、お客様の乗鞍滞在を最大限に楽しんでもらうのが仕事である。人的要素に頼るこのシステムは、一般の宿に宿泊する時とは違った地域にとけ込む滞在を楽しむことの出来る有効な手段である。ホスト役とのヒューマンタッチに満足した客は必ずその人のいる乗鞍に再来してくれるはずである。
次に用意しなければならないのが、滞在を楽しむ多彩なメニューである。その季節にあった乗鞍ならではのプランを取り揃えたい。春~秋には乗鞍を含む周辺の山々への登山やトレッキング、マウンテンバイクによるサイクリング、高原の花々や動物ウオッチング、点在する数々の滝めぐり、山奥にある温泉の源泉地を訪れるツアー、紅葉の時期の落葉・木の実の収集、夜の星空観察会や日の出登山などアウトドア的な要素は当然である。更に天候に左右されやすい山岳地であることを勘案した屋内での体験も必要、おそばやおやき作り、白樺などの間伐材を利用した木工細工作りやドライフラワー作り、語りべによる乗鞍の歴史紹介。農作物に関しては、初秋のそば収穫や初冬の野沢菜の収穫と漬けもの作りも有意義な体験である。冬に関しては、雪山の登山、スキー、スノーシューやネイチャースキーによる雪の高原トレッキングも楽しいものである。その中では、ただ巡って雪景色を見るだけではなく、走り、滑り、転び、雪の感触を存分に楽しみ、動物の足跡に興奮し、夏とはまるで姿を変えた見事な氷瀑に対面し、雪上でのランチの美味しさを味わうことが出来る。そして都会或いは南国では決して体験できない、屋根の雪下ろしや雪掻き、氷柱観察などは貴重な経験となるであろう。
それぞれのプランを楽しんだ後は、自分達で1施設を借り切った我が家に帰るのである。密集した住宅地で隣近所への配慮を必要とする暮らしを送る都会人、特に子供達にはストレス解消とともに安らぎの空間にもなるであろう。親子で大いに騒ぎ、食事作りを共に楽しみ、味わうことが出来る。家族・親子としての関係が希薄になっている現代では、丸一日・一週間程度を一緒に過ごし、いろいろな自然体験や生活習慣を共に実践することは、関係を濃密にし、心に残る思い出を作りにも有効であろう。毎日興味あるプランで忙しく動き回るも良し、1日おき程度にして、のんびり自然を眺めて過ごすのも良しである。
こうして空き家を利用することが「地域資源を活かす」ことになるかは、わからない。このようなプランは、厳しい現状の中で何とか持ち堪えている宿泊施設の主にとっては、とんでもない提案だとお叱りを受けそうである。しかし、乗鞍という地に人が足を運んで頂く為に今何ができるかという観点で考えたものである。06F038「沖縄修学旅行を企画して」
【受講番号】 06F038
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「沖縄修学旅行を企画して」
0.はじめに
心に残るサービスと聞いて私が思い浮かぶのは、自分が係として関わった2004年度の修学旅行である。
自分の仕事は高校の教員だが、何度か修学旅行の係を担当した。2004年度は当時の2年生が沖縄への修学旅行を実施することになり、前の年から旅行会社の担当(当日の添乗員でもある)と何度も打ち合わせや下見をしてコースを検討した。沖縄への旅行の主な目的は、1.戦争について考える平和学習の実施 2.信州とは違う気候・風土を体験して視野を広げる、の2点であった。しかしこの年の旅行はもう一つテーマがあった。車椅子を使用する生徒をどうやってこの旅行に参加させるかということであった。
車椅子使用の旅行も、今はバリアフリーという言葉も広く認知され、昔に比べればずいぶん容易になってきている。しかし修学旅行となると個人の旅行とは違う様々な困難な条件が伴う。最大の問題は240名という大所帯での移動である。以下、実際の旅行の場面を紹介したいと思う。
1.交通手段について
学校から中部国際空港までの移動と、那覇についてから1日目と3日目の見学地の移動はすべて大型バスである。大型バスは乗降口に大きな段差のステップが付いている。車椅子を降りて自力でこれを乗降することは彼女にはとても難しいことだった。なんとか車椅子に乗ったまま乗り降りできるバスは用意できないかと問い合わせたが、大型ではそういうバスはないとのこと。20人乗りくらいのバスであれば、そのような車両のものもあるそうだが、クラスは40名、引率の教員も入れれば43名くらい乗車できる大型でないと困る。クラスを2つに分けて2台での移動も考えたが、修学旅行はクラスの親睦をはかり、団結力を強めるという効果もあるので、2つに分けるのは良くない。そこで、移動に使うバスはすべて段差のあるものということを前提に旅行することとなった。両足に力が入らないので、手すりにつかまりながら乗降するのだが、これには非常に時間がかかる。これが個人の旅行だったら、日程にも余裕があるので、時間がかかっても本人にとって一番いいやり方で行えばいい。しかし修学旅行は時間との戦いでもあった。結局最後は体育の教師がおんぶをする方法で乗降することにした。
空港内はエレベーターも設置されている。しかしここにも思わぬ欠点があった。車椅子の移動に便利なエレベーターは、他の生徒たちが使用するエスカレーターなどとは少し離れた場所にあったのだ。さらに、空港では航空会社が用意した搭乗用の車椅子に乗り換えなければならない。そして搭乗の順番も優先されるため、空港についてから飛行機を降りて合流するまで、友人たちと離れて引率教員と別行動になってしまうのである。修学旅行の楽しみは、仲の良い有人と席を並べて飛行機に乗ったり、わいわいとおしゃべりをしながらの何気ないひと時であったりもする。大きな団体旅行にあってはバリアフリーと両立しにくいものだった。
2.ホテル
大人数で宿泊するホテルは半年前から予約する。可能ならば一校一館で貸し切る。那覇の繁華街・国際通りでの自由行動を企画に入れていたので、通りに面したホテルを押さえ、下見に行った。修学旅行でよく使用されるホテルとのことだったが、ビジネスホテル仕様で、やはりバリアフリー対応にはなっていなかった。2台のエレベーターは狭いので、なるべく下の階に彼女の部屋が来るように配置し、当日は男子生徒には頑張って階段を利用してもらった。ホテルの部屋もユニットバスには大きな段差があり、入浴に関しても難しいことは想像できたが仕方ない。これだけの大人数と予算の関係から他のホテルにすることは無理だった。クラスの食事会場を、畳の部屋ではなく椅子席の部屋にあててもらうなど、できる範囲での配慮をしてもらうことで何とか対応した。
2泊目は恩納村のビーチに近いコテージでの宿泊だった。5~6人で1つの班を作り、班毎の宿泊となる。コテージはタイプがいくつかあって選択できるので、これも下見の際にチェックした。夜に皆で広場で火を囲みながらの時間があるが、広場へのアクセスが容易なことや、入り口に段差のないものなど、いくつかの条件を満たしたコテージを彼女の宿泊場所にした。市内のホテルよりはそういう点では選択肢が広かったといえよう。
3.旅の最大の「難所」
当初、トイレ介助等の問題から、親御さんが旅行に同行するという案も出された。また親御さん自身も心配されて、そうなるだろうと考えていたようだ。実際、中学での修学旅行は親御さんも同行したとのこと。その頃はまだ母親以外の人にトイレの介助をしてもらうことに抵抗があったということもあったからだ。
しかし修学旅行というのは、ただ日程をこなせばいいというものではない。「平和学習」という目的の他に、集団生活体験や仲間作りという役割も持っている。それが通常の旅行とは違う点だと考える。
例えば2日目は班毎の自由行動の日に設定してある。これは各班で見学場所を決め、タクシーやバスなどの手段を使いながらそれぞれで那覇市内から宿泊地・恩納村のコテージに夕方までに集合するというもの。生徒にとっては一番楽しみな1日でもある。シュノーケリングや沖縄の民芸品作りを体験したり、米軍基地を見に行ったり、また食事の場所も沖縄そばを食べる班、沖縄で話題の店で食べる班、大学の学食で食べる班など企画も様々である。このコース作りのための下調べにも生徒はかなりの時間をさいている。ガイドブックやネットの情報はもちろん、中には実際に現地に電話をした者もおり、「自分たちの旅づくり」という楽しみがある。当日道に迷ったり、お金が足りなくなったりといったハプニングもあるかもしれない。それを仲間同士知恵を出し合いながら恩納村までたどり着くというのがこの日の醍醐味でもあるのだ。そこへ車椅子を使う彼女の班だけ親御さんあるいは教員がトイレ介助としてずっと行動を共にするのはどうだろうか。本人はそれが一番安心ではあるが、班のメンバーにしてみれば大人が同行するのは息苦しいはずで、楽しみも半分になってしまう。なぜ私たちの班だけ教員が付くのか、といった不満も出かねない。また彼女の今後を考えた時に、親御さんの元を離れての初めての旅行ということも一度は経験しておかなくてはならないだろう。したがって、私は最初から親御さん、あるいは教員を班別行動には付き添いとしてつけない旅行を考えていた。班のメンバー全員が満足する旅にしなくてはならないからだ。しかし介助する人間は必要だった。いくら仲の良い友人同士であっても、トイレの介助をしてもらうのは本人にも友人たちにも抵抗があった。そこをどうするかがこの旅行の最大の「難所」だったかと思う。
例えばボランティアの人を頼むとしても、この方の旅費はどうするのか。往復の交通費やホテル代で10万円はかかる。また3日間も無償で付き添ってくれる方を探すのは難しい。学校の職員ではないとなれば事務手続き上の問題もある。教員の旅費も減らされている昨今では引率の教員も最小限で、クラスの正副担任はクラスの40名の生徒を見なければならないし、養護教諭も具合が悪くなった生徒の対応で手いっぱいで、彼女に付ききりというわけにはいかない。するとまた話は元へ戻って「親御さんについていってもらうのがいいのでは・・・」ということになるが、それだけはどうしても避けたい。他人の手を借りながら自立への自信をつけることが彼女にとってのこの旅の意義である、私はどうしてもその部分にこだわった。そこで考えたのが、現地沖縄で介助者を探すということだった。
4.バリアフリー旅行社「ハンドレッグツアーズ」との出会い
まず電話をしたのは沖縄県庁の福祉援護課。電話で応対してくれた女性がとても親切で、詳しく事情を聞いてくれた上で、恩納村や那覇周辺の社会協議会を紹介してくれた。早速そちらへ連絡を取るも、どこも冷たい反応だった。無理もない、その地域の住民への福祉で手一杯なところへ、長野県からたかだか3日訪れるだけの生徒に介助をしてくれとは無理な話。「なぜ沖縄の私たちが他県の方の面倒を見なくちゃいけないのか」と非難めいた口調で断られもした。しかし、最初に電話した県の福祉援護課の女性がその後も色々調べてくれて、一つの情報をもたらしてくれた。それはバリアフリーの沖縄旅行を専門に扱っている旅行会社「ハンドレッグ」(直訳すると“手足”。沖縄県読谷村)の存在だった。
この会社の女性スタッフが電話で実に親身になって相談に乗ってくださった。ご自身も車椅子の生活を送っている方で、社名の「ハンドレッグ」には「お客様の手・足になってサポートしたい」との願いが込められているとのこと。車椅子利用者や人工透析患者など介助の必要な観光客に対し、沖縄での宿泊先から観光地、食事や移動手段について顧客の身体状態や希望に応じて旅をコーディネートしてくれる。観光地やホテルも自身が出向き、車いすでの移動や使い勝手を実際に確認しているとのこと。会社としても修学旅行のサポートは初体験だが、その生徒さんのためにもいい旅行を作り上げましょうと言っていただいた。話を伺っていくうちに、現地での行動はもうハンドレッグさんの力を借りるしかないと確信した。旅行会社のほうでも、この部分に関してはお任せします、ということで、ハンドレッグさんとはメールで何度も修学旅行の行程や、生徒の障害の程度・旅の希望などをやりとりし、最終的に、以下のような形での旅行が実現することとなった。
5.心に残るハンドレッグのサービス
今回の旅行に際して、ハンドレッグ社の福祉介護員が3日間行動を共にしてくれることとなった。費用は一日1万円。2泊3日で3万円である。長野県から介助人をつけることを考えれば三分の一程度で済んだ。クラスのバスにも一緒に乗っていただき、一緒にひめゆりの塔や首里城を見学し、食事やトイレの介助にあたってくれた。何より良かったのは、この介助してくださった方が専門的に福祉について学んだ女性であることと、20代前半で生徒と年齢が近かったということである。これもハンドレッグさんの配慮だった。「若い職員ですが大丈夫です」と言ってくださったので心強かった。2泊とも生徒と一緒にホテルやコテージに宿泊してくださったが、車椅子の生徒はもちろん、他の生徒たちにしてみても「お姉さん」のように話ができ、親御さんや教員と一緒の息苦しさとは無縁だったはずだ。福祉に携わる仕事の一面も垣間見ることができ、将来の仕事を考える上でも良い刺激になったようだ。2日目の自由行動もハンドレッグ社で用意してくれた福祉タクシーでの行動となったが、これも友人との語らいがしやすい車内の設計となっていた。普通、老人福祉施設などで私用している車両は、車椅子の人だけ隔離するような作りの味気ないものが多い。しかし今回、彼女は友人と車窓の風景について語らいながら沖縄の旅を満喫できたことだろう。また班で企画したコースを回ってくださったのだが、そのコースに入っている観光地については、トイレの場所など使い勝手や移動手段などをすべて事前にチェックしておいてくださった。したがって車椅子の生徒はもちろん、他の生徒にも満足の行く一日となったのである。運転手の男性もハンドレッグの社員の方だったが、とてもきさくな方で、沖縄の方言を交えてガイドしながら案内してくださったという。そしてもう一つ忘れられないことがあった。入浴介助は別料金と聞いていたので、金銭的な負担も考えて、この生徒は旅行中入浴はしないつもりでいたらしいが、介護員の女性が「お風呂はいりたい?」と聞いてくれて、シャワーでの入浴を手伝ってくれたという。しかも「お金はいらないからね」と言ってくださって、彼女のご好意で入浴が可能になったのである。お金目的ではない心からのもてなしに本当に感激した。旅のあとで彼女が書いた旅行記には「夢のような3日間でした」と綴られていた。たった3日だったが、貴重な体験ができ、また本人にとってもこれから社会へ出て行く上で一つの自信となる旅となったのではないだろうかと思う。
またこうして教員や介護員の方が奮闘している姿を見ていたクラスの他の生徒たちが非常に協力的で、3日間私を困らせることなくよく動いてくれた。車椅子の生徒のバスの乗降に手間取り、見学時間が少々短くなってしまったり、バスの出発が一番最後になるなどの場面もあったのだが、彼らはそれに文句を言うこともなく、むしろ彼女を見守ってくれているのが言葉にしなくても伝わってきた。こうして何とか3日間を終えられたことは、手を貸してくださった皆さんのおかげと感謝したい気持ちでいっぱいだった。信州に帰ってきてしばらくは放心状態で何もする気にならなかったが。
6.最後に
こうして多くの方の力を借り、また皆でアイディアを出しながら何とか2泊3日を無事に終えることができた。障害のある生徒の視点から考えることで、いかに学校の修学旅行が時間に追われ、余裕のないものであるかということにも改めて気づかされた。
しかし旅の効用は大きい。帰ってきてから班ごとに沖縄での体験をB4の新聞に仕上げてもらったが、それを読むといかに若い彼らが多くのことを感じとってきたかを知ることができた。教員の側は何度も引率しているため新鮮味が薄れ、どうしても旅行会社にお任せの修学旅行になりがちになる。しかしその旅行に参加する生徒にとっては、「一生に一回こっきり」の貴重な時間なのである。今後も修学旅行の企画に携わる機会も多いかと思う。今回感じたことに、現在松本大学で学んでいるホスピタリティーの精神を織り交ぜながら、本当に高校生にとって満足でき、何かを喚起できる修学旅行というものを考えて行きたいと思っている。
(2007.01.16記)
※なおハンドレッグツアーズのHPは http://www16.ocn.ne.jp/~hand-leg/top.html.html
彼女たちの旅の一こまが掲載されている。
※また関連ページとして http://www.okitour.net/tpBarrierFree/index.asp
こちらには私と生徒のコメントが無記名で掲載されている。参考までに。06F010「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 06F010
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
木曽地域は良質な木曽檜の産地として知られ、中でも上松町は木材搬出の拠点として森林鉄道によりその生活が支えられてきました。今でも木工産業が盛んでJR上松駅付近の貯木場には沢山の木曽ひのきが集積され、付近には森林鉄道の遺構も残されています。木曽檜は江戸時代の城下町繁栄により大量に切り出されました。
荒れ果てた山を守るために尾張藩は『木一本、首一つ』という厳しいおふれを出し山の再生を図りました。その甲斐あって、自然に芽生えた木々が生い茂る木曽の山々が蘇りました。戦後の復興と経済成長により木々が大量に切られるようになりましたが、上松町の赤沢地域は『材木遺伝資源保存林』『植物群落保護林』に指定され保護されています。また、赤沢地域は昭和44年に日本で最初の『自然休養林』に指定され、昭和57年には『第1回全国森林浴大会』が開催され、『森林浴発祥の地』として多くの人々に親しまれて来ました。この長い歴史の中で保護されて来た樹齢300年を超える木曽檜の森が最近になって「森林セラピー」という分野で森林の効用があらためて見直されています。近年、日本では生活習慣病をはじめとする医療費が増大し、地方財政に大きな負担を及ぼすことが懸念されています。
このため、まず病気にならないための予防医療が注目され、その一つとして森林を活用した森林セラピープロジェクトがスタートしました。かねてから森林浴が健康に良いということはいわれてきましたが、実証的データは殆んどありませんでした。
こうした状況を踏まえ、上松町は平成17年度に森林が人に与える効用を科学的に検証すべく各種の生理的・心理的実証試験を行いました。また、有意性を検証するために都市部でも同じ内容の測定が実施されました。実験の結果ストレスホルモンの低下、リフレッシュ感の増進など有意な効用が認められ、尚且つ森林を活用した健康増進メニューを提供できる資質を備えているとされる森林として、赤沢自然休養林が森林セラピー基地に認定されました。更に昨年は都市部で働く特にストレス状態にあるサラリーマン12名が2泊3日で森林に滞在し、森林浴を行ったあとに血中成分を分析し健康度を実証しました。その結果、2泊3日の森林浴を行った後では、NK(ナチュラルキラー)細胞の活性が実証され、免疫力の向上も確認されました。これら一連の実証実験の結果から森林セラピーの効用が確認され、森林での滞在が免疫力を高め、がん抑制にも繋がるのではないかと期待されています。
そこで、この恵まれた自然環境を生かし「森林セラピー基地」を拠点とした次のプランを提案します。
1日目
A・B・C スケジュール説明・健康相談
去来荘にて地域食材を活用したヘルシー昼食
森林鉄道乗車 希望コース(60分~120分) 散策 健康相談後 解散
B・C宿泊 園地内去来荘にて地域食材を活用した夕食
2日目
B 希望コース(60分~120分) 散策
地域食材を活用したほおばる会のヘルシー弁当
健康相談後 解散
C 希望コース(60分~120分) 散策 ノルディックウォーキングも可
地域食材を活用したほおばる会のヘルシー弁当
希望コース(60分~120分) 散策 ノルディックウォーキングも可
C宿泊 町内温泉宿にて地域食材を活用した夕食
3日目
C 希望コース(60分~120分)及び自由散策
地域食材を活用したほおばる会のヘルシー弁当
健康相談後 解散
*プラン説明
1.健康相談
医師または保健士による健康相談を行い、散策にあたってのアドバイスをいただきます。
希望される方は血圧測定・ストレス度チェックなどが受けられます。
解散前に体験後の測定も行えます。
2.昼食
地域食材(野菜・えごま・山菜・川魚など)を生かした食事を提供します。
地域の食材を活用したお弁当の提供グループ(ほおばる会)によるヘルシー弁当を山の
中でいただきます。
3.森林鉄道
往復2.2km(約25分)渓流沿いを走る爽快な乗り心地が楽しめます。
4.散策コース
園地内には8つの散策コースがあり、各自のコンディションに合わせて難易度が選択出
来ます。また、心を休める植物観察や景色の観賞、ノルデックウォーキングなど目的に合
わせた運動を楽しむことも出来ます。
散策の際には自然を満喫する為のお手伝いとして森林ガイドの派遣が受けられます。
5.宿泊
赤沢自然休養林内の去来荘及び町内の温泉宿をご利用いただき、静粛な時間を満喫して
いただきます。
*プランを進める上での課題
お客様の安全と、十分な癒し効果を体験していただくために、保健指導員、運動指導員、森林ガイ
ド、現地スタッフのスキルアップと新たな養成が課題となります。06F033「心に残るサービスとは」
【受講番号】 06F033
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービスとは」
心に残るサービスとはいったいどのようなサービスであろうか?
サービスとは観光業にとどまらず、生活圏内でも雑多な職種で行われている。
また、職業と言う枠にとらわれず、ちょっとした道案内であったり隣近所の雪かきを手伝うなどそんな身近なことも「サービス」に含まれるのではないだろうか。
私は、そんな多くのサービスのなかで、心に残るサービス=自分が特別だと思わせてくれる出来事・関わりのことだと思う。特別といってもいろいろな捕らえ方があると思う。
他の人と比べての特別であったり、自分の過去の経験・知識に対しての格差であったり、ケースにより異なってくるとは思うが、いい意味でも悪い意味でもこのことはいろいろな場面に当てはまると思われる。
旅行に出て、パッケージにあるだけの料理・お風呂・イベントものではお客様は満足しない。旅行雑誌に載っている景色に出会えても当たり前のことで特別心を動かされはしない。それは、お金を払ったから当たり前にもらえるサービスなのであって、特にすばらしかったと心に残らない。
インターネットやテレビで流れる旅行番組など巷に流れる情報が膨大になりすぎちょっとしたサービスも特に目新しくもない。世間に流れ出しているサービスを行っても感動はしない。それは今までの経験や、知識により予想された範疇にあるされて当然のサービスであるからだ。それをされないと、逆にサービスがよくないと悪い意味で記憶に残る。
そんな、目の肥えた訪問者は何に対しおもいを寄せるのだろうか?
自分自身が旅行に心に残ったこと・・・。それは何か思い出してみる。
年に数回しか訪ねない場所の方に顔を覚えてもらい、声をかけてもらえたとき。
普段はめったに見られないと言われている景色に出会えたとき。
「あなただけ特別ね」と、ちょっとしたものをもらえたとき(試食であったり・プレゼントであったり)
多くいる他の中から自分だけを見てもらい、自分に話しかけてもらい、自分の話を聞いてもらえたとき。
自分だけのオリジナルの物を作ってみたとき。
今まで食べたことのない奇抜なものを食べたとき。
また、悪い意味では
精算が多く請求されたり、アクシデントがあり予定していたことができなかったり、
出された食事がおいしくなかったり・・・。
これらのことは共感してもらえる内容ではないだろうか?
また、逆の立場、サービスを行う側から考えてみる。
仕事柄、多くの多くのお客様に接することが多く、多いときには1日1000人以上の方と言葉を交わす。
そんなときは、1人1人を個別に判断しねぎらってもいられない。
また相手のほうでも、こちらを観光の仕事を行っている一人の人として認識している人は少なく、機械のようなものだと言葉ひとつ返してこない客もいる。
ただ、繁忙期を過ぎ閑散期になると1人1人に対する時間が多くなり
ゆったりとした時間の中で、情報案内や手配など蜜に行うことができる。
お勧めの写生ポイントを案内したり、地元ならではの行事や方言など他から来たのでは知りえない話をしたりする。旅行では知識欲を刺激するものも重要だと考える。
そして旅行に出た際、期待するポイントはいくつかあるがそれが自然である場合、天気や気候など人間ごときにどうこう出来るものではないが、それをどう見せるかは、私たち人間の腕の見せ所ではないだろうか。
ただ、あるがままを見せること。それも、手の入ったところが多い昨今特別なことではないだろうか。あるがままの山、あるがままの砂浜、あるがままの、文化。
また手を加えるのであれば徹底的に人工的なものが好まれる。
最新流行のもの、最もきれいなもの。そういったものにまだ、他の人が見ていない、自分も見たことがない物に触れたとき感動するのではないだろうか。
自分だけ特別に接してもらえる、自分だけ付加サービスをしてもらえる。
特別とは他の人に対しでもあるだろうに自分の中の過去の出来事と比べることもあるだろう。
「ああいい所にきた」 (他の人は体験していない)自分だけであると優越感に浸れることをよしとする人はあまりにも多い。
また、あの、場所はこうだった、けれども、ここはそれにもまして、こうだった。
そういったことが、旅慣れたサービス慣れをした人々に他と差をつけて考えてもらえる、心に残るサービスの原点となるのではないだろうか。
いろいろな講習を受けたとしてもこれが正解、これだけやっていれば完璧だというものには出会えないと思う。個人個人価値観も経験も違うのだから。
それが、サービス業にとって難しいところであり、楽しいところである。
改善していく余地があること、その手ごたえを感じることができたとき、(売り上げにつながればなおさら)それがサービス業の醍醐味だと思う。06F005「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F005
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
20数年前、私は旅行専門学校の生徒でした。中学生の頃からツアーコンダクターに憧れて、いつかは私も世界を廻っていろんな国のすばらしい場所を、たくさんの人に紹介したいと思っての事でした。残念ながらツアーコンダクターにはなれませんでしたが、いつのまにか松本の良さを実感するようになり、県外の友達と話す度に松本のアピールをしている自分に気づくようになりました。記念講演でのカニングハム・久子先生のお話で、コミュニケーションの大切さをお話頂いた折、はたして私は知人との会話でコミュニケーションがしっかりできているのかな?と不安になりました。さらに、「癒し」という人が常に求めている心の繋がりを考えた時、コミュニケーションの大切さを痛感しました。
ホスピタリティのある“観光”を考えたとき、手間を惜しんでは何も始まらないと思います。佐藤先生のお話の中にも旅行者は身体の癒しに加えて、心の癒しを求めているとありました。それにはまず地元に住んでいる私たちが松本の良さを知り、その良さに感動出来なければ、旅行者には通じないのではと思います。その上、その良さをどうすれば旅行者に分かってもらえるか、どんな方法で実感してもらえるか、提供者である私たちの課題だと思います。
“食の達人”北沢先生には、食でのおもてなしについてとても奥深いお話を頂きました。まず誰の為に作るのか?何を求めているのか?洞察力を働かせて、相手の身になって心を込めて作る。又、伝統を疑って一方的な見方だけではなく、違った見方から試してみるとありました。北沢先生が終始楽しそうに“食”を語っていたのが印象的でした。
最近よく耳にする“バリアフリー”ですが、観光面でそれを考えるとやはり柔軟性を持って、多方面からの視点が必要であり、必要とする人の立場になって受け入れる準備が必須だと尻無浜先生のお話で感じました。
小林先生の“エコツーリズム”ですが、日本ではまだ発展途上にあるようです。エコという言葉は私自身も生活面では耳慣れてはいても、“エコツーリズム”の定義は?と聞かれると自信がありませんでした。環境に優しくなおかつ利益が上がり、観光客が満足する“エコツアー”…松本でもどんどん実施されることを期待します。
長年サービス業の第一線で活躍されてきた八木先生の講義は、私にとっては一番身近に感じることができました。やはり20年余り接客業をしてきた私には、同じような経験があったからです。八木先生のお話の中に「“マナー”はルール・技術ではない、マナーとは姿勢・エチケットである。」とありました。私も仕事をする上で常に、販売員としての“マナー”を心がけていました。人と人との係わりには、最低限の“マナー”が必要です。それがなければどんな状況でも、良い関係を築くことができないと思います。昔から、西欧の人は見知らぬ人にも目が合うと笑顔を見せてくれるとよくいわれます。誰しもこれを実践するのは簡単ではないと思いますが、私は出来るだけするようにしています。それは以前海外に行った時、見知らぬ人に何度か素敵な笑顔を向けられたからです。美しい景色・美味しい食事も旅のすばらしい思い出ですが、一瞬の素敵な笑顔も心に残るかけがえのない思い出です。こんな小さな努力から人と人との係わりが、スムーズになれば素敵ではないでしょうか?
観光都市松本、まだまだ多くの人に知ってもらいたいすばらしいポイントがたくさんあります。私自身がそれを実行する場に少しでも係われればと思います。05S071「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 05S071
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
私は乗鞍高原の楢の木地区で「ヒュッテほし」と言う温泉民宿を営んでおります。この地区には当館を含め5軒(他に協力宿3軒)の温泉民宿で、「やまね会」と言う修学旅行を含む学習旅行団体を受け入れるグループを組織しております。
「やまね会」は大型旅館やホテルではなく同じような規模の比較的小規模な宿で構成されているため、1校1館の受入れは出来ません。そのため1クラス1宿が基本の分宿形式で、ここでしか出来ない体験学習を売りに約30年活動が続いています。
昨年夏、体験学習についてはいささか自負のある「やまね会」でも、終わったあと「良く出来たなぁ」自分達で感心したプログラムがあります。実際行ったそのプログラムを今回のテーマであるオリジナル観光プランとして提案して見たいと思います。
きっかけは一昨年の夏、それまで愛知県の中学校(2学年)の集団登山を斡旋してくれていた旅行社から同じ市内の別の中学校が翌年度長野県で登山と農業収穫体験を含む体験学習と飯盒炊爨とキャンプファイヤーを1泊2日で受入れできるところを探していると言われ、それならと手を上げたのが始まりでした。旅行社もプランが盛りだくさんで躊躇していましたが、何より7クラス約250人が一度に飯盒炊爨が出来るところが長野県では他になかったとの事。農業の収穫体験は経験がありませんがそれ以外は全て対応可能でしたので、引き受けることにしました。
仮予約が入ってまもなく旅行社と学校の下見が入りどのように進めるかの具体的なプログラムに入っていきました。以下プランをまとめるまでを項目別に箇条書きにしました。
1.行程及び宿
1日目 7:30学校発→収穫体験、体験学習→飯盒炊爨、夕食→キャンプファイヤー
2日目 朝食→乗鞍岳登山、昼食→畳平発→19:00学校着
宿 男女別6件+本部及び先生、添乗員1件、計7件で対応
2.学校の要望の確認
ⅰ乗鞍岳登山:全生徒が同じコースを歩くのではなく出来れば、健脚ハードコース、普通コース、
体力に自信がないソフトコースの3クラスに分ける。(出来ればガイド付きで)
ⅱ農産物収穫体験:その時期の旬の農産物を収穫し出来れば夕食となる飯盒炊爨の食材とし
て使用したい。
ⅲ体験学習:やまね会の提案する体験学習のプログラムから乗鞍ならではの体験を希望、出来
れば地元の食べ物を作る体験とし、やはり夕食のとき少しでも生徒に味あわせたい。
ⅳ飯盒炊爨:6人1班で1クラス6班、7クラスで42のカマド及び相応の水場、調理用のテーブルの
用意。
ⅴキャンプファイヤー:全生徒が囲める火台(火持ちは約2時間)点火用トーチ、クラスごとに用意
してあるアトラクションの為の放送設備の用意。
3.要望に対する対応
ⅰ.ⅲ.ⅳ.ⅴに関してはやまね会では通常のプログラムのであるので充分な対応が可能であったが、ⅱの収穫体験は未経験であったので後ほど詳しく述べたいと思います。
具体的には
ⅰ:乗鞍岳登 健脚コースは位ヶ原山荘からスタート、普通コースは大雪渓の下の肩の小屋口からスタート、ソフトコースは畳平からあまり標高差のない肩の小屋までお花畑を見ながらのんびり歩くように提案。また受入れ宿の主人が専門のガイドではないが、引率の先生方のサポートとして各コースの生徒の人数に応じ割り振られ登山に同行する。また乗鞍岳は山頂まで車道があると言う利便性を活かし、もしもの対応に緊急用の車両1台を用意する。雨天時は雨でも歩ける高原内のトレッキングコースをそれぞれ3コース用意。
ⅲ:体験学習 なるべく乗鞍ならではのオリジナルな体験としてぶどう寿司作り、けんか餅作り、おやき作り、ソーセージ作り、虹鱒をつかみ取りして〆て炭火で塩焼き、を提案。また各体験とも定員があるため生徒の希望を取ってコースに振り分けているが、なるべく全員に味見程度でも良いので試食が出来るよう体験参加人数より多めに作ってもらう事とした。
ⅳ飯盒炊爨.ⅴキャンプファイヤーについては、やまね会で管理している広場があるので要望通りの対応をした。
ⅱ農産物収穫体験については初めての対応であったので、少し詳しく述べて見たいと思います。
元々乗鞍高原には専業で農業をやっている人はいません。またその農地もあまりありません。まず収穫体験を出来る農地探しから始まりました。いくつか候補が上りましたが収穫に来る8月7日ごろに適期を迎えられるよう土作りから始まり作物の播種、水やり等の世話まで出来る場所となるとなかなか無く、結局私がJA塩尻市の組合員という事もあり、JA塩尻市農業部の全面的な協力を受けることになりました。幸い全農(JA長野)も食育に力を入れようとしている矢先でもあり農協(JA)の対応もとても好意的でした。
夕食の飯盒炊爨で作るカレーライスの材料として、先生も含め約270人分のじゃがいも人参、野菜サラダ用のレタス、トマト、きゅうり、また取れたてのおいしさを是非体感して欲しいと、JA推奨のとうもろこしの新品種(ピクニックコーン)を作付けしてもらいました。農地と作付け管理は、塩尻インターの近くで、晴れると北アルプスが一望のロケーションでもある農地を持つJA塩尻市加工トマト部会の皆さんにお願いし8月7日に合わせたドンピタの作付け管理をしていただけました。
収穫体験は塩尻インターに途中で降りたバス2台約80名の生徒に参加してもらい、残りの生徒は乗鞍高原で乗鞍ならではの食材作りの体験学習をしてもらいました。
余談ですが、加工トマトとはトマトジュース、ケチャップ、ピューレなどに加工する専門の品種で支柱を立てないいわゆる無支柱栽培で、あまり知られていませんがここ松本平が特産で日本一の生産量を誇ります。そんなことも収穫中にお世話いただく生産者のおじさんおばさんから教えてもらいながら、また採ったばかりの加工トマトも食しながらのわきあい合いの収穫体験でした。
4.まとめ
1日目の夕食時、採れたての新鮮野菜を使ったメニューに会場のあちこちで美味しいと歓声が上り、とても満足気な生徒や先生の顔を見て、飯盒炊爨のサポートに各宿総出でお世話した私達もとても嬉しかったです。
計画の立案から実行まで約1年書き表せないぐらいの手間ひまがかかりましたが無事終わりほっとしました。そしてつくづく思ったことはこの松本平にはまだまだ気がつかない地域資源がたくさんあるのではないか。そしてそれをなるべくこぼさず見つける楽しみがまた増えました。06F028「平成18年度 観光ホスピタリテイカレッジに学んで」
【受講番号】 06F028
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「平成18年度 観光ホスピタリテイカレッジに学んで」
商社の仕事を離れて、山小屋という独特な宿泊業に携わって18年たちました。平成元年に戻った当時は、青少年の山離れが顕著で登山者も少なく先行き不安でしたが、本物はいずれ勝つぞという信念で続けてまいりました。その後百名山ブームで息を吹き返しましたが、上高地群発地震、雪崩による被害などあり大変な中、何とか施設の改修、トイレの改修など進めてきています。
今回、いろいろ感じるところがあって、自己啓発するために参加させていただきました。
私どもの山小屋は、国立公園事業の中での宿泊業であり、保護と規制のなかでの事業でありながら、行政の施策は不十分です。登山道の維持管理については、国も県も市も管理責任の回避のために逃げ回ってばかりです。昨年7月豪雨災害で槍ヶ岳の登山道も大被害を受けました。その復旧工事でも、補助をするから現場で何とかせよということで復旧工事、護岸工事や倒木処理をやったのですが、補助とは名ばかりで、補助対象を資材費、外注費に絞ってしまい現場の人件費は補助対象にせず、結局半分以上を地元で負担するような結果になりました。旧安曇村の時代にも、上高地群発地震があり、登山道に大被害があったのですが、この時の復旧工事は、村の直轄工事で行い、地元負担は、25パーセントであったはずでした。岳都を標榜する松本市には、より現場に密着した施策をとって欲しかったのですが、口で言うほどには、熱心でなく、大変残念です。ちなみに、ドル箱上高地には、徳沢から下流の復旧工事を、全額公費で行われました。
通常の登山道維持管理についても、松本市の場合、官民で登山道維持連絡協議会を組織して、地元の山小屋が維持管理に当たっていますが、その予算は、民間が半分以上負担して、長野県はゼロ、松本市は、山小屋の会『北アルプス山小屋友交会』、「上高地観光旅館組合」等と同額の50万円と同列です。一方、大町市は、3百万円、茅野市は2百万円、高山市も2百万円ほど毎年登山道の整備に拠出して山小屋の負担は、ゼロか10分の1くらいです。
一般に登山道の利用に当たっては、利用者の自己責任でと言われています。ただ、登山道の管理者は誰かというと基本的には、公園全体の管理者である環境省、土地管理者である林野庁になるのではないでしょうか。地元として山岳地域を国立公園として広く一般の利用を認めている長野県、松本市等関係する行政機関にも、それなりの管理責任を持っていると判断される可能性はあるように思います。したがって、地元行政も、日頃から充分な維持管理費用を負担してその責任を果たす必要があるはずです。富山県が、積極的に山岳地域の歩道整備を進めていることは訪れたことのある方であればお分かりでしょう。
徳本峠の登山道も、昨年の7月豪雨災害で大被害を受け、通行止めになってしまいましたが、登山道、林道の管理者が明確であったこともあり、今年のシーズン前には、応急復旧を完了し、通行可能に成るように聞いています。これは、管理者が、明確であれば、環境省、砂防事務所、松本市等関係官庁も予算をつけて災害復旧工事ができるという良い例です。
上高地周辺の主要登山道である槍ヶ岳線、涸沢線の登山道も、全線の管理者を明確にして、せめて災害時の復旧工事は、関係官庁の予算でできることを、検討する時が来ているように思います。
公衆トイレも、上高地周辺では、横尾と涸沢には、環境省の公衆トイレが、建設されていますが、より上部には一つもありません。富山県では、室堂周辺はもとより、秘境といわれる黒部源流の雲の平、三俣蓮華岳の野営場にまで、県営のトイレがあります。
外国人観光客に対する対応ついても、富山県室堂周辺には、英中韓日の四ヶ国語の道標等設置されていますが、松本周辺では、市内ですらそのようなものを見かけません。山岳地域の外人向け地図、案内図もない状況です。
このような基本的な施設整備の遅れは、観光とホスピタリティにたいする戦略的な理解が、松本市民、行政に欠如していることが大きな原因であると思います。
目先の費用対効果にとらわれず、世界に誇れるこの北アルプスを中心とする地域の四季折々に変化する美しい自然を後世に残し、広く発信していけるように長い目で見て大胆な投資を行っていくことが、岳都松本には大切ではないかと思いますが、いかがでしょうか。06F024「豊富な山岳観光資源を生かしてエコツアー」
【受講番号】 06F024
【 テ ー マ 】 「地域資源を生かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「豊富な山岳観光資源を生かしてエコツアー」
松本市は、旧安曇村との合併により、上高地や乗鞍高原をはじめ、豊富な山岳観光資源を有する名実ともに「岳都」としての道を歩み始めました。特に、北アルプス槍・穂高連峰やその玄関口にあたる上高地は多くの岳人の憧れの地となっています。そんな地の利と自分が今までに山小屋勤務やガイド業を通じて培ってきた経験を活かし、私のオリジナル山岳ガイドプランを考えてみました。
◎松本市の最高峰 奥穂高岳(3,190m)への登山
○1日目 上高地→横尾山荘 約3時間
上高地より横尾までは梓川沿いの平坦な道が続く。ここは、登山する人にとっては特に立ち止まって自然観察するようなところではないが、素晴らしい自然の宝庫である。
穂高連峰の景観を眺めつつ、地質学的見地から北アルプスの生い立ちや岩石の話をしたり、植生、高山植物、野生動物(猿やクマなど)、山のゴミ問題などの話をしたりして、自然と接するに当たり、人間はどうするべきかを訴える。
例)どうして山へ行ったらゴミは持ち帰りなの?
ある山で起こったこと(事実)
ゴミを捨てる人がいた→ゴミを求めて狐が稜線まで上がってきた→狐は登山者に餌をねだる様になってしまった→登山者が来なくなり、山小屋が閉まる冬の間も狐は山に居座り、目の前の雷鳥を襲い始めた→その山から雷鳥がいなくなった→狐に餌をあげないで、ゴミは持ち帰ってと訴えた→2年後、狐はすっかり見なくなり、代わりに可愛い雛を連れた雷鳥が戻ってきた
教訓)自然界に持ち込んだものはすべて自宅まで持ち帰る
ただ単に山の道案内をするだけでなく、野生動物と共生・共存するには人間はどうするべきかを考える機会を持っていただく。自分が今まで経験してきたことを題材に話せばより説得力があると思う。
そんな話をしながら梓川河畔を歩き、初日の宿、横尾山荘へ。
○2日目 横尾山荘→涸沢→穂高岳山荘 奥穂高岳往復
2日目は横尾より涸沢経由で奥穂高岳を目指す。参加者の体調管理、モチベーションの維持には特に注意を払い高度順化しながらゆっくり登っていく。涸沢まで来れば、素晴らしい穂高連峰の景観が待っている。ここからは急斜面の登りで岩場も出てくる。参加者の安全の確保を最重点におき、奥穂高岳を目指す。
緊張が続くところだが、足場の良い所では休憩時間を取り、所々に咲き乱れる高山植物の話(ただ単に名前の説明だけでなく、その花の名前の由来なども)や高山病予防のための呼吸法、歩き方のコツなどグループの雰囲気を和ませるような話題で一息つく。そうしてたどり着いた奥穂高岳(3190m)は、松本市の最高峰で日本第3位の高峰。素晴らしい展望と登頂の満足感でしばしのんびり過ごしていただく。
この日は、奥穂高岳山頂近くの山小屋 穂高岳山荘に宿泊する。3000mの稜線に建つ山小屋はとても近代的で設備が充実している。また、山荘から眺める夕日やご来光がとてもきれいでまさに雲上の楽園の趣です。
○3日目 穂高岳山荘→涸沢→横尾→上高地
最終日。下山は往路を戻ります。最初は急な岩場の下りが続くので、参加者の安全確保に気を付ける。涸沢まで下りれば、自分達が登った穂高の景観が眼前に広がる。あとは登頂の余韻に浸りながら梓川沿いに上高地まで下りてゆく。
以上、登山コース自体は、よくある穂高岳登山2泊3日コースだが、単に登頂だけを目的とするのではなく、自然との関わりの中で、自分達は今後どのように自然と接していったら良いのかを問いかける登山としたい。山と深くかかわりあってきた松本市民としての意見、都会で生活しながらも生きがいとして登山を趣味としている方の意見など、多くの方々の意見交換会なども行いたい。山や自然の話は現場で行えば新たな発見もあると思う。岳都・松本が自然保護、環境保全の最先端の情報発信基地となることを願い、関係各所、山小屋などの協力を得て登山者と共にエコツーリズムを広げてゆきたい。06F011「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F011
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】
昨年の平成18年に梓川に景観の良い8反の畑を借りて新規就農した私は最初からお客様に直接圃場に来て頂いて好きな果物や野菜を収穫してもらう観光農園を考えていました。農家民宿や農家レストランもゆくゆくはやりたいという夢ももっています。畑の向かいには私の大好きな重要文化財のすばらしい大宮熱田神社もあります。その間の道路をあづみのワイナリーに向かう観光バスがひっきりなしに通ります。観光農園としてお客様に来て頂く条件は整っている環境だと思います。園芸療法を学んで無農薬で出来、車椅子の方でも取れる高さの木になるブルーベリーも3百本植え、これから観光農園にするための接客のヒントや何を提供していくかなどの参考になることが少しでもあれば良いと受講を決意しました。正直ジャンルが違うのであまり参考にならないなあという話もありましたが。食材の提供ということなので、しなの文化研究所の「信州の食」ということでお話くださった北沢正和様のお話が一番興味深く聞くことが出来ました。ポイントとして絞込みが大切ということと、感性、何でもないものを宝物にする力という話があり、繊細さに乏しい私に一番必要なその感性を磨く努力をしなくては、と思わせられました。村民を巻き込んだ活動もあり、村の60代から70代のおばちゃんと月1度の勉強会を開いているとのこと。村では豆を20種以上作っているのでそれを集めて豆の料理豆のスープなどを出しておられるようで私の夢でもあるその土地の食文化をお年寄りに教わりながら継承していき村おこしの一端を担いたいという思いもあったので、共感するところが多々ありました。そして誰にでもいい顔をしたがる私ですが、自分の波長にあったお客だけを大切にすれば良いとのこと。5百人のお客全部を喜ばそうとするのはダメで5人が喜んでくれればよい、たった一人のために一生懸命作ることの積み重ねが大切など含蓄のあるお話を聞くことが出来ました。一度実際に伺ってみたいなと思いました。
環境問題を学んだことが有機農業を志すきっかけになった私は第4講の「エコツーリズムによる地域観光の創造」もたくさんのヒントをもらうことの出来た講座でした。又、環境は観光にやっぱりつながっているんだな、と農業を観光にしようと考えている私は改めて納得したりして。事例を学ぶことで参考・ヒントになることがたくさんあります。
観光農園であろうと作った野菜でも売り先なりお客様を捕まえるにはアイデアと広報、洗練された作品を作ることに尽きると思っています。何が必要かはわかっているが、その答えはまだ出せないでいる。そんな私は少しでもヒントが欲しいし、協力者も必要だ。
就農1年目の昨年は夢の実現どころか日々の作業に追われ埋没してゆくだけ。自分の目指す方向を確認するためにもこのカレッジへの参加は必要だったと思います。又、農業はそれだけでもたいへん資金を必要とする職種です。どうやったらなるべくお金をかけずに効果を出すかも大きな課題で更に何を作るか、品種は何か?など選択を迫られることはたくさんあります。安定的に作物を作れた先の話となると、先の長い話になってしまうが。
今後の講座もたいへん楽しみです。そして私の夢の実現のために頑張ろうと改めて思いました。05S057「昨年・今年の前半の講義を終え、今後の私の課題」
【受講番号】 05S057
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「昨年・今年の前半の講義を終え、今後の私の課題」
記念講演を含め、普段はお聞きすることのできない、貴重なお話、体験、経験などを通常では接することのできない貴重な体験に毎回興奮をして受講をしております。
ホスピタリティカレッジで学ぶ機会を作ってくださった関係者の皆様に改めて御礼を申し上げます。
この宿題を、期末課題につなげたいと、考えております。昨年から講義を受け、ようやく何かができそうな気がしてまいりました。これも、昨春より佐藤先生に熱血ご指導をいただきました。「国内旅行業務取扱管理者」試験になんとか合格できた、という事が自信になっているからだと思います。残念ながら所用で北沢先生の講義を受けることが出来ませんでしたが、「バリアフリー」「エコツーリズム」「健康」これらの講義を受けながらこんなことが出来るかも、あんなことはどうだろうかと常に胸をワクワクさせております。
その基にあるのがマナーや伝統、ホスピタリティであるということを理解しながら、では、これから自分は何が出来るか、何をしなければならないか。今年度の終講までには答えは出ないかもしれませんが、今私の頭の中にある漠然とした考え方を、少し文字にしてみたいと思います。
1、 点と点から線、面への観光
以前は観光地から観光地、観光スポットから土産屋経由宿泊施設など、点から点への旅行・観光が多かったが、近年は滞在型、体験型など様々な旅行・観光形態が増えている。 しかし、まだ多くの旅行者が点から点への移動を行っている、これはニーズがありながらも、
・ 環境が整っていない
・ 情報の発信が充分でない
・ 旅行代金が高くなる
などの要因が考えられる。
このうち、情報の発信については、ITが発達し逆に情報過多になり、適正な情報を得るということが重要だが、適正な情報を発信するWebサイトの育成も重要と思われる。
適正な情報を発信するWebサイトとしては、現在稼動している松本市公式観光情報ポータルサイト「新まつもと物語」は、今後の展開も含め大いに期待をしたいし協力もしていきたい。
「新まつもと物語」によって松本は、ある意味で面になった。松本城、開智学校、美ヶ原、乗鞍、上高地といったそれぞれの点を、市民だから知っている、生活をしているからこそ知っている情報を発信することにより、今まで観光客などとは無縁だった地域にまで観光客が足を運ぶ、上っ面だけの観光から、市民生活に入っていく擬似市民体験が出来るのだ。
だが、それだけに観光施設に通ずる主要道路だけでなく、市民の生活道路まで観光客が通る、道を尋ねれば丁寧に教えてくれるけど、右左折時にウインカーを出さない、出会い頭の譲り合いをしない、細い道の譲り合いでも挨拶も返さない。 そんな街に住みたいと思うでしょうか?
適正な情報の発信とともに住民全体が、マナーと伝統を大切にし、ホスピタリティあふれる街づくりをしていくことが面の観光都市づくりには欠かせない条件となる。
また、その面をさらに拡大させていくために、現在、ばらばらに、または一部協力しながら活動をしている各自治体や業界団体ごとにある観光協会や、旅館組合、飲食店組合などの各種団体を、松本平広域(木曾谷から白馬、小谷まで)に集約できる組織の構築が重要である。
県内には、㈱南信州観光公社という組織があり有用に機能している。大いに参考になると思うが・・・。
松本平という面をひとつの観光施設と捉え、農林業を含めた各産業とも協力し、
・ 行ってみたい
・ 行きたい
・ ××をしたいから○○に行く
・ 行って良かった
・ ××に行って○○をした
・ いい所だったから住んでみたい
という気持ちのすべてに対応が出来る情報を発信し、連携をしながら観光振興、産業振興を行い、木曾谷から松本、安曇野、白馬、小谷、もちろん、上高地、乗鞍、美ヶ原などの既存の観光地だけでなく、中信広域として面の観光地作りが出来、重要な組織になっていくと思う。
2、 行く旅行会社でなく、呼ぶ旅行会社を
旅行会社を利用するのは、通常旅行に行く前ではないだろうか、ヨーロッパに行くツアーを探す、沖縄に行きたい、航空券を購入する、宿を予約する。 大手の旅行会社は、旅のデパート、全国に支店網がありアシストも万全、でも何も用がなければ敷居が高いような気がする。
旅先で、しゃれた喫茶店を探す、地元の名物を探す、今時の人はネットカフェでネット検索、またある人は観光案内所に駆け込む、現地の旅行会社で地元の情報を聞く人っていますか?
旅行先で何でも頼れる旅行会社、地元に密着し、地元情報に詳しく、気軽に立ち寄れる。こんな旅行会社があったらうれしい。
発地から一緒のツアーではなく、所謂定期観光バスのような、個人参加が出来る現地だけの日帰りオプショナルツアー。 自家用車でなく、高速バスや、JRで松本に入り、安曇野にも木曾にも行ってみたいけど、どうも不便だという人たちに少人数でも利用できる、小さなオプショナルツアー。
・地元のバリアフリーやエコツアー、体験旅行に詳しく全国へ情報を発信する。
・ 地元の病院と提携をして首都圏や近畿圏などから人間ドックやPET検診を受診するパックツアー。
・ 農村体験や職業体験をする小規模な教育旅行。
・ 温泉療養と食に関する、健康実践ツアー。
・ 移住を考えている人に信州ショートステイ
などなど地元だから出来る、呼ぶ旅行会社が充分に可能性を秘めていると考える。
こういう旅行会社が全国に出来、組織的な提携が出来れば、大手旅行会社の情報量と遜色はなくなるのではないだろうか。
子供の頃から、楽しいこと優先、夏休みや冬休みの宿題は、いつも始業式の前夜・・・。おとなになってもこの癖は変わらず・・・。
まだ、考えがまとまっていないところもあり、読みづらい文章になっております。文章、語彙に誤りがあるかもしれません、期末課題までにはもっと具体的にまとめてみたいと思います。
ご相談申し上げることもあると思いますが、今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願いを申し上げます。05S072「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 05S072
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
私は松本市安曇の乗鞍高原で民宿を夫と一緒に営んでいる。
私がこの民宿業に携わるようになってから約20年が経った。夫もこの仕事を専業にするようになって15年程になる。
この間に乗鞍を訪れてくださるお客様の様子も随分変わってきていると思う。迎える私も随分変わった。約20年の間に私自身は乗鞍について、少しずつ知り、情も持つようになってきた。乗鞍で民宿をしていることが私たち夫婦にとってやはり生きがいなのだと思う。
旅の宿としておもてなしをすることは勿論一番大切な事である。お客様の様子や会話を通して気付かされたり、教えられたりすることを活かして、少しでもよりよい環境とおいしい食事をご用意してお待ちしていたいと思い頑張っているつもりである。これまでのホスピタリティ講座の講義の中からも教えられることも多かったし、改めて確認したことも多い。
それから、宿としての本分とは少し離れるのかも知れないが、来てくださった方に乗鞍の素敵なところを少しでも多く知って頂けたら嬉しいと思うようになった。できれば、乗鞍の良さをこちらからお伝えしたいとも思う。四季を通していろいろな楽しみが乗鞍高原にはある。私がお客様にお伝え出来る事などほんの少しである。でも、少しずつ、お伝えして感想を聞いたり、逆に私の知らない乗鞍のいいところを教えて頂いたりして、乗鞍の魅力をもっともっと知りたいと思っている。
そして我が家は塩尻市で農業を父と母が専業で営んでいる。季節の野菜や果物、米、味噌など、自家製のものを使っておもてなしができる。買ったものと違い、手間はかかるが、やはり自分たちが一番おいしいと思えるものをお客様にお出しできる喜びがある。また、農家の暮らし方や農家ならではの自然環境や作物に対する思いも少しは分かる気がする。
宿のもてなし、乗鞍という自然環境からのもてなし、そして、農家からのもてなし。この3つが、今の私にできるおもてなしの気持ちである。我が民宿では、このうちのどれか1つが欠けても駄目なのだと思っている。
このような気持ちの上に立ってオリジナルプランについて考えてみる。乗鞍にも集団登山や体験学習で訪れる学校が近年増えてきた。一般のお客様の中にも、この自然の中で何かをしたいと思っている方も確実に増えてきている。乗鞍の中で数軒の民宿の仲間と会を作って修学旅行や、体験学習旅行など誘致・受け入れをしているが、その中で思うことは、今までの修学旅行や登山・体験旅行などと違い、ここで何をしたいかという要望にこたえて、企画をすると、どれもたった1つのオリジナルプランになるということである。
乗鞍の自然環境を活かしたプランだけでも数知れない。先頃、自然保護活動について少し話を聞く機会があった。何もしないことが自然を守ることではない、自然の森の美しさは、そこに住む人々がその森と共に生きていくことによって守られ、美しさも保てるのだということであった。自然はただ飾っておくものではないのである。自然によって暮らしが成り立ち、豊にもなる。その代わりその大切な自然を人は計画的に使い、守らなくてはならないのである。
そのような自然に対する思いを、体験というプロブラムにすれば乗鞍のオリジナルプランになると思う。そのほか、乗鞍には昔ながらの食物や、暮らし方がある。お客様がそれらのことに興味や関心を持つお客様のために少し形を変えて企画されれば、オリジナルプランになる。プランは何もないところに作るのではなく、今あるものにもう一度気付き、形にし直すことだと思う。地域に生きる人の暮らしの中から生まれたプランこそが、感動と共感を得て、広がっていくのではないだろうか。
また、地域資源とはそこに有る自然だけではない。その土地に住む人々が大きな資源である。私は乗鞍にお世話になってまだ20年余りである。当然ここに生まれ、代々ここで暮らしてきた方とは知恵も知識も比べようがない。ここに暮らしてきた方の知識や、知恵は自然にも負けない位、大きな資源である。何とかこの知識と知恵をお借りしたいと思う。学校の要望などで体験メニューを企画する際にも、多くの方に知恵と力をお借りした。結果としてここ数年間で、学校向けの体験メニューは20コース位用意できるまでになった。これは、私たちの会の誇れるプランである。そして、興味や関心、要望にこたえようとする気持ちがある限りプランは増えていくと思う。
乗鞍が誇れるオリジナルプランとして私が学校の先生方などにお伝えしているのは、乗鞍岳登山である。乗鞍岳は車道が整備されているため安易な登山になってしまう、と言われる。その通りであるが、これが逆に活かせば素晴らしいプランになる。
私の娘は中学2年生の時、登山活動に参加できなかった。部活動などにより腰痛を起こしていたためだった。娘は本当に残念そうだった。私たち両親も同じ思いだ。「この登山が乗鞍岳だったら、参加することだけでも可能だった。」そう思えてならない。今、体力や体調、障害、怪我、病気などで登山に参加できない生徒が多いと聞く。しかし、乗鞍岳なら、本格的な登山コースから見学コースまで生徒の状態に合わせて同時に数コースの設定ができる。自分の足で苦しい思いをして登る経験も大切だし、できる生徒にはしっかり経験させたいが、みんなで同じ活動に参加できたという感動も学校行事には必要ではないだろうか。
乗鞍らしいオリジナルプランはもう一度この地域を見直すこと、そしてお客様と一緒に作っていこうとする姿勢から生まれていくと思う。
細かい要望に対応できる柔軟さと、多様性もプランに必要だ。時間も「ずく」もいるが、できる限りなるべく小さな集団やグループにも満足してもらえるようなプランを作っていきたいと思う。06F022 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【学籍番号】 06F022
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
本講座を受講するまでは、観光ホスピタリティとは観光客にやさしく、親切にすれば良いと思っていましたが、ホスピタリティの概念は、本当に幅広く難しいようでもあり、当たり前のようでもあり、というのが今の感想です。
私は障害者の旅行をサポートするボランティア参加しているため、第3講は特に共感する事が多々ありました。
年1回の日帰り旅行ですが、事前の準備が大変。目的地に障害者用のトイレがあるか、食事が車椅子のままでの出来るのか、車椅子で自由に動き廻れるのか等の事前視察、リフトバスやリフト付きのワゴン車を各施設から借用するための手配、ボランティアの募集。本当に大変です。講義で紹介された台湾からの障害者ツアーも、ボランティアの学生さん達がアイデアを出し献身的なサポートを行なった結果、台湾から訪れた障害者の方々に満足していただけたのだと思います。
確かに、ボランティアの努力も大切ですが、ボランティアが付き添い、ボランティアの努力に頼った旅行で良いのだろうかという疑問が残ります。
本当は、障害者の方が、旅行に行きたいと思ったら気軽に一人でも行ける様なそんな街が必要ではないかと思います。
振り返って松本市はどうでしょうか?障害者や老人にやさしい街でしょうか?ハードとソウフト両面から見てもやさしい街とは思えません。
市・県・国等の行政機関やバス・鉄道等公共交通機関並びに民間会社等への働きかけや協力が必要な、ハード面での街のバリアフリー化は、費用も時間も必要であり、直ちに出来る事ではないでしょう。しかし、ソフト面のボランティア育成や、市民のボランティア精神の醸成等、時間はかかっても費用は余りかけずに行なう事が出来ると思います。まず出来そうな事から行なう事が大切なのではないでしょうか。
ボランティア育成や、市民ボランティア精神の醸成のために、どんなことが出来るのか私なりに考えてみました。
1.ホスピタリィカレッジで、講義たけでなく実技を実施
例えば、車椅子に乗ったり、目隠しをして歩いてみるという様に、体験を通じて、障害
者の方の目線や不便さを理解する。また、車椅子介助や目隠しをした人を介助し、介助
される立場や介助する立場を理解する。
2.障害者の旅行に参加する。
まず、何事も参加してみないと始まらない。旅行を行なっているサークル等とカレッジ
が連携し、旅行の情報を提供し希望者を募り参加して実際に体験してみる。
3.一声運動の実施
市民運動として、障害者等を街中で見かけたら、「お困りのことはありませんか?」とい
うような一声かける運動を行なう等により全市民が障害者に対する思いやりを持つ様に
なれば。
その外にも色々と方法はあると思いますが、カレッジ受講者から幅広くアイディアを募集してみたらと良いのではないかと思います。
障害者へのホスピィタリティを中心に書いてきましたが、第1~5講を受講して感じた事は、ホスピィタリティとは、一人一人の気付き・人を思いやる心だと思います。充実したハード面や素晴らしい自然があっても、訪れた場所での触合いや優しさ等、人と人との繋がりが無ければ、何度も訪れたいという気持ちにはならないと思います。06F020「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【受講番号】 06F020
【 テ ー マ 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
【 タイトル 】 「地域資源を活かしたオリジナル観光プラン」
(はじめに)
松本市梓川梓大久保、西山のふもと、上の原西部地域で平成17年4月から専業農家として妻と二人で、スモモ系統の『太陽』と『プルーン』『りんご』『水稲』の1ヘクタールを営む、今年65歳を迎える若年寄の永原貞俊と申します。
(桑園地帯から果樹地帯へ)
私の住む上の原地域は、昭和40年代に東京電力の安曇ダム建築に伴い中信平畑地帯を水田に整備する事業がはじまりました。しかし水稲耕作の転作推進により中止となり、畑地灌漑地帯に変わり、桑園養蚕地帯から果樹栽培地帯へと大きく変容した地域です。そして昭和58・59年、梓川地域の青年グループを中心とした、りんごワイン化栽培組合が、「省力栽培を目的にしたワイン化団地」と評価され、日本農業賞、天皇杯を受賞し、一躍人気のりんご産地としてにぎわった地域です。
私は当時、旧梓川村役場に勤め、農政係りを担当しており、りんごへの植栽は20アール位で残りは人に貸せ、貸した畑に、太陽とプルーンの木が植栽されたものでした。その後20年くらい経ち、平成10年ころ借主の都合でその畑が返され、勤めの休日を充て管理をしていきましたが、専業農家として今年は3年目を迎えようとしています。
(ユニークな観光農園を目指して)
平成13年8月にテレビ信州の『おもいっきりテレビ』の『みの もんた』さんが「プルーンは増血剤の働きをするアルカリ性果物の健康食品」というお話があり、また、市民タイムスに『太陽』のもぎ取りの記事が掲載されたことが相まってかこのごろ、プルーンを求めるお客さんが徐々に増えて来ました。
梓川の大久保地区は、金松寺山のふもとに『金松寺』があるのみで、観光地らしいものはないところでした。そこで考えてことは、お客さんに自然に親しみながら収穫を楽しんでいただけたらということでした。自由にもぎりと『入園無料、食べ放題、取り放題、持ち帰り有料』をテーマに、のんびりと、もぎたての果実を味わい収穫を楽しんでもらえる農園を提供したいと思いました。
実は、今までは果実の始末に大変悩んでいました。収穫が大変で大部分は、放任で自然落果をさせていました。しかし果樹園を開放し、お客さんが楽しみ、喜んでもぎとって、家へ持ち返っていただくことによって、収穫労力が省け、すべての果物を統一単位にて購入していただけることに、感謝、感謝で一杯です。
(お客さんの反応)
特に、昨年は松本平タウン情報の『もぎたてガブリ』の記事によって大勢のお客で賑わい、「ここのプルーンはおいしい。プルーンといえば、硬くて酸っぱいものというイメージを持っていたが、樹で熟したプルーンは全く別物。完熟のものをもぎ取って食べた味は、お店屋さんでは味わえない」「果樹園内に休憩用のベンチが所々に用意され、園内中樹木の木陰で涼しく、夏の別天地が味わえる」と大勢の方々に喜ばれました。
植栽して30年位経つ古木が園内中を木陰にして涼しくするので、お客さんの中には、半日くらい休んでいかれるかたもいます。また、好きな方は一シーズンに4~5回位来てくださる方や、お茶や大きなおむすびを持参し木陰で楽しむ仲間。近くのデイサービスの利用者がマイクロバスで来園され、園内を車椅子で楽しんでいただいたり、親子サークルの皆さんが楽しんでいかれました。
昨年は、新たに地元の地域休養施設に宿泊のお客さんが、団体でプルーのもぎりをしていただき、都会の情報など交流ができました。
また、上高地や穂高温泉郷へみえた、県外の観光客が帰りに立ち寄ってくれるようになり、「今年もプルーンを食べに行きたい」という年賀状が多数届いて、感激しているところです。
(これからの課題)
スモモ系統の太陽は、落果が多いため朝夕の果実の片付け、清掃作業が大変。
果樹園が3カ所にあり、プルーン畑の駐車場の確保が困難な状況。
お客さんとの会話、話題、果樹園への案内、お年寄り・体に障害のある方・子供さんへのもぎとりのお手伝い等々、安全で楽しんでいただけるおもてなしの方法。
ホームページ・道路案内図の作成
これからの農業の継続がどのくらい可能か。私たち夫妻の年齢からの体力、樹木の樹齢、どれだけ持つか、体と樹木のどちらが早くとぼるか、競争が楽しみです。
こんな課題について、日々考えながら今までの観光ホスピタリティカレッジの講義を聴きながら課題に当てはめて対応をし、少しでも長い間お客さんとともに楽しみたいと考えております。
(まとめ)
梓川の、小さな観光地づくりに夫婦二人して、貢献できれば幸いです。
参考資料 『太陽について』
(来歴)
山梨県塩山市上於曽の雨宮一正氏が昭和12年ころ多くの品種を導入し、試作していたなかから発見されて品種で、導入先、品種名は不明である。
昭和41年ころ塩山農協と東京神田市場との話し合いで『太陽』と命名されたものです。
(特性)
きわめて旺盛な樹勢で、特に若木時代は直立しやすく、枝梢の発生は、サンタローザに似て頂部優勢性であり、短果枝はつきやすいが結果期に入るには遅い。結実性花粉は多いが自家不親和性が強い品種である。
収穫期は須坂市で8月下旬で、果実は、100~150グラムと大果で楕円形を呈しているが、着果量が少ない年には円形を呈する。果皮色は鮮紅色で完熟するにつれて紫黒色になる。果肉は白色で肉質はよく、糖度は平均13~14度と高く、酸味はやや強く、きわめて日持ちがよい品種である。
果面は厚い果粉に覆われ、概観は美しい品種である。成熟すると果便部が黄色の輪紋を呈するのが特徴であります。06F016「講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F016
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「講義を受講し感じたこと」
自然観光資源の豊富な信州の真ん中に位置する、松本市新村にて手打ちそば、うどんの店を営んで27年目になります。お客様は、県外者(観光客)が約7割位だと思う。国道158号線沿いなので、観光シーズン中(ゴールデンウィーク~11月の上高地閉鎖まで)は、まあまあに営業していますが、OFFシーズンと、夜は交通量も少なく、極端に差が有ります。年間を通して旅行者が訪れて満足して頂けるかが、講義を受講して考えさせられるところです。
第1講 ホスピタリティと街づくり
初めての受講で、どんな講義かと緊張しましたが、わかりやすく期待の待てる講義でした。もう少し時間が有ったらよかったと思いました。
・ 旅行者は何をもとめているか
・ 感動はどこからくるか
図でわかりやすく理解できた。
・ どう見えているのか長野県
・ 新しい旅行需要(ニュー・ツーリズム)
・ 地域のホスピタリティとは何か
自分の出来ることから自信を持って初めたいと思いました。
第2講 信州の食
同業者なので、興味深く受講しました。よい食材のはなし、創作料理のはなし、調味料のはなし、大変参考になりましたが、まねは出来ないと思いました。
第3講 バリアフリーと国際化
我々団塊の世代、これからは益々高齢化の時代になる中とても考えさせられる講義でした。Accessible Tour実現のための11の要素は、常に考えながら営業しなければとおもいました。また、台湾の障害者を招いてのツアーの具体的な問題点や成果は、とても参考になりました。
第4講 エコツーリズムによる新しい地域観光の創造
『エコツーリズム』今まで言葉では聞いたことはあってもあまり深く考えたこともなかったし、理解していなかった。持続的な地域観光の基本な3つの分野(観光産業・環境・コミュニティ)の関係がいかに大切かが解ったが、今後の取り組みが大変で、どのように係わっていけるかが良く解らない。
第5講 マナーと伝統
マナー=行儀・作法 位にしか思っていなかったけれど、人と人が交流するとき相手をくつろがせ、快い印象を与える表情(笑顔)・挨拶・声・しぐさが大切なんだと解りました。また、客室乗務員のマナーとして、我々の知らない日常を経験に基づいてお話していただき楽しかったです。
信州は、恵まれた立地と観光資源、どこを見回しても本当にすばらしい景色、環境、冬景色の露天風呂などは最高の文化です。受講生の中には、乗鞍高原の方がいらっしゃるようですが、何のつながりもありません。パンフレットなどを店頭に置いて置くだけでも、話しの種にもなりますし、紹介もできます。スキー人口の減少は目に見えていますが、それ以外の何かがあると思います。広域的なつながりの中で上質のサービスを提供しながら、観光ホスピタリティに係わって行きたいと思います。06F012「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F012
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
観光ホスピタリティカレッジを受講しようと思ったのは、昨年、松本の観光客が減少していて特に乗鞍・白骨の減少がかなり深刻であることを聞き、また上高地が閉山すると同時に、オフシーズンとなり観光客がほとんど来なくなる松本に冬の時期に何かできないか?そのヒントが見つかるかもしれないという思いからでした。
受講するまでは「観光ホスピタリティ」とはいったい何だろう?とりあえず観光について勉強するのだろう、くらいの気持ちでいました。
しかし受講を進めるうちにこれはなかなか大変なことだな、だけど個人のアイディアでも面白いことが始められるかもしれないという可能性を感じました。
今の松本には何かが足りない。でも何が足りないのか、またその為にはどうしたらいいのかまだはっきりとは見えてきていません。
これをしたから急激に良くなるという特効薬はなく、いろいろな事をやってみて、それを積み重ねて行くしかないのではないかと感じました。
その為のヒントを講義の中で出してもらっていると感じました。
その中でも興味をひかれたのが「信州の食」でした。
家業でもあるホテルに勤務をしていて答えに窮する時があります。
それは、宿泊のお客様に「松本の名物が食べたい」、「松本の地の物を食べたい」と聞かれた時です。
昼時であれば「蕎麦」と間髪いれずに答えられるのですが、夕食時にはお客様の納得していただけるお店を紹介。
松本周辺に、地の物や信州牛を出す「信州の食」が食べられるお店がいくつあるでしょうか?(都会のお客様は一年中、山菜やきのこが採れる、食べられると思っていたりしますが・・・。)
もっと郷土の食を食べられる場所があるといいなとおもいます。
美味しい、信州らしい料理が食べられる場所を用意する事も旅行者に対するおもてなしの一つだと思うのです。(なんといっても美味しい物を食べると、幸福感が得られますから)
そして講義を受けていてやはり一番、重要だと感じたのは人材です。
ホテルに勤務していて思うのはサービス業は「人がすべて」だということです。
どんなにいい施設があってもそれをサービスする人間がダメならお客様の満足は得られないのではないでしょうか。
しかし、この良い人材を確保することが非常に大変です。
人材についてもっと大きな範囲で考える必要があると思います。
大袈裟な事を言えば県民性、市民性を変えなくてはいけないかもしれません。
「松本の人は恐い」、「人に親切じゃない」といった印象があるようですが、私自身も実際にそう思ったことのある一人です。
東京の友人を市内観光に連れて行った時に感じました。
残念ながら私達の行った施設の人は旅行者を温かく迎えいれる気持ちはないようでした。
また同時に商売が下手だなあとも思いました。
観光施設、宿泊施設、飲食店、商店、街を行き交うすべての市民が、旅行者にやさしく親切であって欲しい、そうゆう町づくりをする必要があると思います。
この「おもてなしの心が」バリヤフリーやエコツーリズムに通じていくのではないでしょうか。
またこの講義を受けていく中で松本の為に、自分たちの住んでいる町の為に、ともうすでに何かが始めている人たちがいることを知り、大いに刺激になりました。
このカレッジはただ受講を受けるだけではなく、ここに集まる人たちの交流から新しい何かが始まるきっかけになっていくのだな、そうやっていろんな人にこの輪が広がっていけたらいいなと思いました。
捨てたもんじゃないぞ、信州人!
これからの講義も楽しみにしています。
市民の代表の一人として受講しているつもりなのでプレッシャーもありますが、卒業できるように頑張りたいと思います。06F041 「心に残るサービス」
【受講番号】 06F041
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
先日受講を受けながらふと、自分はなぜここにいるのだろう・・・と考えていました。
私は長野県出身ではなく、今この地にいること、そしてこの机で講義を受けていることの不思議さを感じたのです。
実際私は北指向のようで、旅行といえば生まれた関西から北へ、長野、北海道方面に行く事がほとんどでした。いまだに沖縄へは行った事がありません。
アラスカ、北米・・・針葉樹と雪、そんなイメージに近い所を追っているのかも知れません。
今は松本に住んでいますが、子供の頃からのあこがれの地であった上高地へ20才の頃来た時は、これが日本なのか?!と大変感動したものでした。これは「ホスピタリティと街づくり」の中に出てきた「旅行者は何を求めているか」「感動はどこから来るか」にピッタリあてはまりそうですが、期待以上、イメージ以上にあてはまることになります。
20数年前、いずれこちらに住みたいという気持ちもあって、2才になる子供を連れ、夫と3人で下見も兼ねて上高地に旅行に来ました。あいにくその日は着いた時から大雨。河童橋も流されんばかりの勢いです。
いつもなら梓川の水の美しさに立ち上がるところですが、水は茶色く濁り歩道までも水が冠水している有様。
それでも河童橋の上で写真を撮り、予約していた宿に入りました。
部屋の窓からは梓川も見え、旅の疲れをとるに相応しい部屋でした。
ところが、1日元気のなかった娘が、どうも疲れただけではない様で、ぐったりしています。
体を触ってみると熱もあり、夜になって体に発しんもでてきました。どうやらはしかにかかっていたようです。
旅行中のことで、「元気がない」くらいにしか気がつかなかった自分が情けなく、しかしこんな山の中、どうしたものかとあわてふためいた訳ですが、宿の方は不安と心細さにとまどう親とは対象的にすぐに宿の車を出して下さいました。そこで点滴を受け、又車で迎えに来ていただいて宿に戻りましたが、その後も心配して下さり、遅くなってから、何も食べない娘の為にあたたかいおうどんを作って来て下さったり、心を尽くして下さいました。
翌日も大雨で、松本へも高山へも土砂崩れの為、下山出来ずもう一泊。泊まりたくて泊まった訳ではないですからと、宿泊料金もかなり安くして下さったことを覚えています。
その娘も今は、25才になりました。
最初に見た上高地の感動もさることながら人の人生をも変えてしまう「おもてなしのココロ」。その一年後には松本に移り住んでいました。
家族で移り住むには、大きな決断が必要でしたが、あの時受けて信州のイメージが、決断の後押しをしてくれたことに間違いありません。
ただ「この風景の中に住みたかった」から、今ではこの上高地で対価をいただいています。本当に幸せなことだと思います。
私が上高地で受けた「ココロ」。今私も上高地をフィールドとして仕事をし、お客様と接しています。
お客様が感じたり受け取ったりすることは、天候や季節などにも左右されるでしょう。しかし、バスを降りてから又バスに乗るまで、自然環境だけではなく、売店、切符売場、宿など、必ず人と接すると思います。このかかわりこそが、その人の旅行の対象を良くするか、悪くするかの決め手となることでしょう。
私の場合、旅行者としては最悪です。めったにない集中豪雨、売りである山は見えない、川は濁流、交通機関はストップ、そして缶詰。2度と来たくないと思われる方もあったかも知れません。
しかし、宿の「心あたたまるおもてなし」によって、今私はこの松本に住み、大学のこの机に座っていると言えるでしょう。
そして上高地で受けた「ココロ」をどなたかにおすそ分けできればと思い、上高地で活動させていただいています。
「ココロ」を文字にすることは、文才と知識があれば、いかにもそれらしく表現出来るかも知れません。言葉を実践してみると、必ずしも言葉のすべてがお客様に伝えられるかというと、そうでもなかったりします。
「ココロ」って難しい。
その当時のご主人は引退されている様子ですが、その宿の方が同じ教室にいらっしゃいます。
二十数年も経って同じ教室で「おもてなしの心」を学んでいるのは、本当に奇遇です。
もちろんその方は、何もご存知ありません。
「ココロ」のふしぎなサプライズです。06F007「観光ホスピタリティカレッジ受講の感想」
【受講番号】 06F007
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「観光ホスピタリティカレッジ受講の感想」
「おもてなしの心」とはどんなものかを学び観光ガイドボランティアに生かせたらと思い受講を決めました。観光ボランティア活動への参加は10年程前仕事で京都に長期滞在の折、週末ごとにしていたお寺巡りの市内観光でシルバーエイジのボランティアガイドに出会ったことが動機になっています。
ガイドの皆さんの楽しそうで自慢げな案内ぶりから本当に京都の歴史が好きなんだなと感じられました。特に、英語で外国人を案内するボランティアガイドは国籍の違いというバリアーなど感じさせない自信に満ちた話しぶりでした。この時、うらやましく思うと同時にリタイヤ後は観光ガイドボランティア活動を通して外国人との交流を楽しみたいと思ったのです。
当時50歳を過ぎていましたが早速英会話教室に通い始め苦手だった英会話に取り組み、リタイヤ後の一昨年から中町ボランティアガイドと松本城の外国語ボランティアガイドALSAに所属させて頂いています。
「なにかしよう」とし過ぎではないでしょうか。
社会全体に地域活性化、観光産業振興が目的だといって観光遺産の掘り起こし、開発あるいは創生といった事業があまりにも多いような気がします。
この講座について私が受ける印象は「観光客へホスピタルティおもてなしの心」ではなく「いかにして観光客を誘致するか」「観光ビジネスとして成立するか否か」にその視点が偏っているように感じます。
実際に観光産業に携わる他の受講者には最も重要なテーマなんだとは思いますが。
「昔あったものを復元すれば」、観光客を招致できるのでしょうか。
私は松本城が、特に天守閣が好きで誇りに思っています。復元ではなくほとんど創建時のまま保存出来ていることが理由です。ありのままの松本城を見て頂きたいと思っているからです。
私は松本城を案内する時、時間が許せば市役所東庁舎の裏まで足を運んで頂いてわずかに残った惣堀を見て頂いています。これによって城郭の規模や堀が埋立てられてしまった現実も知って頂いています。
今後、松本城は世界遺産への登録も視野にいれた周辺の大規模な復元計画もあるようですが、未来の人々へ残すべきなのは埋立てられてしまった堀や壊されてしまった建造物も含めた松本城の歴史、松本の歴史だと思います。映画のセットのような松本城を復元するようなことは無意味に思えます。
「ホスピタリティあふれる街づくり」は地元コミュニティが中心のバリアフリー化を。
行政が進める観光事業やボランティアガイド活動が地元の方に十分認知されておらず、協力関係が出来てないのではないかと町中の観光案内をしていて感じています。
快適な観光をして頂くために、まず地元コミュニティが中心となり業種を越えて街の皆さん全員が「おもてなしの心」を持って観光客を迎える。そんな雰囲気の感じられる街づくりが出来たら素晴らしいと思います。
その上でボランティアの協力や行政が援助する仕組みを作らなければならないと思います。
このレポートを書いている時期に松本検定というものが有ることを知りました。これによってコミュニティ、行政、ボランティア間のバリアーのない仕組みづくりにつなげていけたら良いと思います。
観光ボランティアの経験から感じたことは専門的な説明にあまり喜んで頂けません。
知らない町、地理不案内な街を歩くための道案内とか話相手になってくれたら良いという方が多いです。
だからその気になれば誰でもボランティアはできます。街に住む人、街で働く人すべてが「松本検定」を取得して日常生活や仕事中でもボランティアガイドが出来たら楽しくなると思います。
「観光ホスピタリティの質を高めるためには観光資源に対する共感と定着」
「住んでいる私達に居心地の良い、興味深い、楽しい街でなければ観光客は来ない。」
これまで受講した中でもっとも共感できた言葉です。
私の子供時代には天神、八坂様、四柱神社、多賀神社、筑摩神社などのお祭りの他「あめ市」、「あびす講」にも家族揃って出かけました。お祭りは娯楽でしたし市民の重要な年中行事として定着していました。
現在の私自身はと考えてみると、各種のイベントやお祭りにあまり関心がありませんし、ボランティアガイドを始めてみて改めて気が付いたのですが松本城も松本市のこともあまり知りませんでした。
私の主たるガイドポイントは松本城には沢山のイベントがありますので、これらを真に市民のお祭りとして定着させて観光資源として生かせるようにしていければ良いと思っています。
行政の役割は市民に対する情報の発信、情報のバリアフリーによって浸透を図っていくことが最も重要でこれによって観光資源に対する共感と定着が図れるのではないでしょうか。
観光ホスピタリティの質を高めるために私達住民も更に松本を良く知る努力をし、松本のことが好きで松本に住んでいることに誇りを持ちたいと思います。
今後もボランティアガイドの中でその気持ちを観光客に伝えていきたいと思っています。05S032「心に残るサービス」
【受講番号】 05S032
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
私の家族は数十年前、生協に入っていたが仕事がら協同購入の不便さからやめた。しかし何かの折に、個配料250円でグループではなく個別に入れることを知り、二年前に入会した。生協は「組合員と共に論議しながら、より安全で、より安く、より良い商品を!」がただのうたい文句ではないことが、数十年たって入った現在、社会の発展ぶりをみてわかった。返品、取りかえ、その他様々の対応が非常に素晴らしかったのである。そのため安心して家族のニーズに合ったものを注文できる。
生協はカタログ注文のため、自分のイメージしたものとは違うものがくる場合がある。配達スタッフの方も申し訳ないと思いながら、返品の電話をした。するとそのスタッフの方は「気にしないで下さい。思い通りのものが得られなかったら何でも返品して下さい。また何かあったら何でもご希望を私たちに言って下さい。」とイヤな顔をせず、大変明るくさわやかに対応してくれた。返品するのは、こちらも気が重くイヤなものである。しかしそのスタッフの方の態度にとても安心感を覚えた。また、二年前の生協の商品で母が大変気に入ったものがあったが、最近その商品の企画がないので、個別に注文した。スタッフの方が「随分前のものだからあるかどうかわかりませんが、お調べしてみます。」と面倒な仕事を気持ちよく引き受けてくれた。二週間後、以前のものと全く同じものが届き、母は非常に喜んだ。スタッフの方の対応が良いのでそれ以後、食品・雑貨・衣料など安心して注文ができ、商品のよしあしを見極めるのが楽しみになり、小さな幸せを感じている。
この生協の企業努力を学び、我が社の接客のも生かしたい。また、お客様に喜ばれる企業でありたいと思いつつ、ワークバランスをとりながらお客様と共に喜び合える店づくりに励みたいと思う。06F015 「講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F015
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「講義を受講し感じたこと」
観光について学ぶ機会も得ましたが、もう10年くらい1泊か日帰りバスツアーくらいで、旅行らしい旅行はしていません。旅行といえば予算も時間も少ないなかで選んで出かけていました。今、観光に何が求められているのか考えたこともありません、ニューツーリズムという言葉も知りませんでした、でもテレビの旅行番組やニュースでよくみていますので最近の旅行のありかたや受け入れ方も変化してきていることはわかります。
目的がはっきりした旅行商品は新聞などのチラシでよく目にします。グルメツアー、お花見ツアー、買い物ツアー、ゴルフツアー、他にも色々沢山の商品が思い当たります。最近は修学旅行も農業体験を取り入れたりとか、また、車椅子の方の旅行者も目にします。ペットブームの影響でペット同伴可能のお店や宿も増えペットもお客様として扱ってもらえるところもあるようです。満足する旅行の為には時間やお金にいとめをつけないという傾向になってきているということも想像できますがそういった人達はまだ限られた人のように思えるのですが違うでしょうか、私が井の中の蛙かも知れませんが・・・確かにお宿の方をみても1日の宿泊客数を2組とか3組と限定して行き届いたおもてなしをするところが番組で紹介されているのは珍しくないです、当然宿泊料金は一般的なところの倍くらいになっていますが利用客はとても喜んでいます。しかし、一般の多くの人達はそこまではなかなかなれないと思います。宿泊で一番満足するのは人的サービスだそうですが、つまり心のこもったおもてなしという事でしょうか。しかし、なかなか難しいと思いました、私の経験では心を感じるおもてなしに感動したことはほとんどありません。むしろがっかりしたり、悲しい扱いは思い当たります。私は旅行関係の仕事は経験がありませんが、昨年初めて観光ボランティアをやってみました。今までは観光する側でしたが受け入れる側になった時、観光センターに居ると、色んな方が来ます、外国の方、小さい子供をさんを連れている方、お年寄りの方、車椅子に乗っている方など、その方達が大抵皆さんお城に向かわれますが大変です。ボランティアガイドをするにあたって、そうした方の立場にまずたっていませんでした、車椅子の方には大変な道ですバリアフリーの必要性、確かにと思います。
さて、私に出来る心のこもったおもてなしを考えたとき、私が受けたおもてなしがありました、日帰りで出かけた先でたまたま入ったお蕎麦屋さんで、食べ終わってその後の目的地の道をたずねたところ男性の方でしたが営業用ではない心からの笑顔で答えてくれました、あそこまでの笑顔はなかなかないです。そこの人達は何故か皆さん見知らぬ私にニコニコ笑顔を向けてくれました。すごくなごみましたし嬉しかったです、機会を作って是非また行きたいという気持ちにもなりました。私にも笑顔で心からよくおいで下さいましたと接すること出来そうです、まずそこからはじめてみようと思います。ただ、私自身がこの街をもっとよく見つめよく知らなければいけませんし勉強ももっとしなければと感じます。たまに目にする事ですが、開店前の店の前で挨拶やお辞儀の練習をしている姿がありますがなぜかそうゆう挨拶は心に響いてきません。大事なのはどうゆう気持ちで望むかなのでしょう、その気持ちが身につけて知識とかマナーやお料理の味などに生きてくるのだろうと感じます。
また、エコツーリズムについてですが、これもテレビの知恵で海外でのものですが聞いたことがあります。しかし、オーストラリアの例にあった環境を守りながら観光客を受け入れる取り組みは素晴らしいとおもいます。滞在人数まで制限するやりかた、美しい自然環境を守りながら観光客を受け入れるにはやはり必要なことだと思います。日本ではいい所だと聞けばどっと人が押し寄せ、ゴミが散乱し植物が踏み潰されたり採られたりという事が珍しくないしそうした悲しい現状をよく目にします。いつも何とかならないだろうかと思って見てきますが自分に出来る事はそうした行為をしないことくらいです。エコツーリズムという観光のありかたには色々あるようなのでまだよく理解出来ておりませんが、今の日本において色んな面で大事だとおもえます。白鳥やコウノトリを呼ぶ為の地域の取り組みにも感動しました。色んな取り組みが少しずつ増えていくといいと思いますし、そうすれば、環境への意識も少しずつ良くなっていくのかなと期待を持ちます。もう少し知りたいと思いました。06F032「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F032
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
自分は観光という産業について、これまで勉強をしたことはなかったし、特に強く意識したこともありませんでした。もちろん観光旅行は好きでしたが、なんとなく受動的に楽しむというだけで、ましてや観光客を受け入れる側になると言う事など考えた事もありませんでした。
そんな自分がこの講座を受講させていただく事にしたのは、たまたま観光関連施設である重要文化財馬場家住宅に配属になったため、というのが一番大きな理由です。この講座で学んだ事を現場でも生かして仕事が出来れば、と思っています。が、しかし自分は今のところあらゆることについて勉強中なので、何をしたらいいのかも分からない状態であります。仮に何か「こうしたい」とか「こうしたらお客様に喜んでもらえるのでは?」ということが思いついたとしても、確信がもてず行動に移せないような気がします。とは言えいつまでも「勉強中だから」と言っては何時までたっても一歩が踏み出せないわけなので、まあ焦らずに試行錯誤しながらやっていきたいと思っております。
なぜこんな事を長々と書いたかと言うと、この講座を受講して最も強く感じたことは、とにかく、来客者もしくは売上を増やすためには何か行動に移すことが大切だということだからです。何もしなくてもお客様は来ていただけると言う事はほとんどありえないと感じました。まあ、「あえて何もしない」とか「何もしていないかのように振舞う」という戦略もあるかもしれませんが。
ともかく、これまで観光業とは無縁な人生を送っていた自分(もちろん観光客にはなっていましたが)にとってはエコツーリズムやヘルスツーリズムなど、聴きなれない言葉が出てきたり、現在観光業が直面している課題やこれからの動向、お客様の心理やニーズなど、初めて聞くような話が沢山聞けて勉強になったと同時に、このカレッジでは今まで自分が持っていた観光という産業に対するイメージとは違い、これからは観光という産業をもっと大きな社会的な視点で捉えなくてはいけないんだなということを感じました。
バリアフリーという事柄を例にとっても、障害者が訪れやすい地域づくりは、直接バリアフリー社会、障害者が住みやすい社会ということに通じていると思いました。
マナーというものも人間が社会の中で生活していく上では欠かせないものです。旅先で出会った人10人中9人が礼儀正しくても、1人の態度が悪ければ、その旅はなんとなく後味の悪いものになってしまうでしょう。社会全体が、地域へのお客様をもてなす心を持つためには、普段からマナーや礼儀を意識しなくてはならないと思いました。
また、食と農業は切っても切れない仲であることは言うまでもありません。そして食と観光もまた切っても切れない仲であります。また、食とはそれぞれの地域に根ざした文化であり、伝統でもあります。
このように、地域コミュニティとそのコミュニティへの訪問者との有機的な連帯、価値観の共有ということがいわゆる「エコツーリズム」であると自分は理解しました。豊岡市役所には、コウノトリに関する部署があり、その中には農業や環境はもちろんのこと観光や商工業に関する仕事まであるというお話には、目から鱗が落ちそうになりました。これからは「地方の時代」だという話を最近良く聞きます。このスローガンがなにを意味しているのか、いまいちよく分かりませんが、エコツーリズムという考え方はその時代における一つのヒントになるような気がします。
しかし、「エコツーリズムが流行りだから」というような安直な考えで、エコツーリズムを地域のコミュニティに取り入れようとするのは危険なような気もします。このような場合、価値観の「共有」だはなく、価値観の「強制」になってしまいはしないかということです。おそらくエコツーリズムを取り入れたい、と考える地域は地方に多いような気がします。そして「中央」に対してほとんど影響力のない「地方」が、中央からの訪問者と価値観を同じくする最も手っ取り早い方法は、訪問者、つまり観光客の価値観を地域住民に対して強制することだと思われます。このような勘違いが先行すれば、「地方の時代」の中で日本国内においても「弱者が自己にかんして持つイメージが強者によって決定される」(*1)時代が来てしまうかもしれません。そもそも、そのような事を言ってもお客様にそのイメージを超えるような印象を与えること、感動を与えることは出来ないでしょう。
もちろん「生活するためにはそれも仕方ない」、「背に腹は変えられない」という考えも否定は出来ません。しかし、一応希望を抱いて地方自治体に就職した自分としては、見過ごせない事でもあります。これからの観光は、受け入れる側と訪問する側、地域住民、農業、商業、工業、地方自治体などが一緒になって、それぞれの地域に根ざした新しい価値観を創造していくことだと感じました。
*1 鈴木真一郎薯『レゲエトレイン ブラックディアスポラの響き』青士者2000年06F034「心に残るサービス」
【受講番号】 06F034
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
心に残るサービスとは、どのようなサービスでしょうか。私は、それは広い意味でマナーの一つであると思います。なぜなら、相手を思いやる気持ちを持つという基本的なマナーを持っていなければ、いつか人を傷つけ、真のサービスは出来ないと思うからです。
それは、簡単なようで、なかなか難しい事でもあります。
今回私は、心に残るサービスについて、深い繋がりをもつ、マナーと絡めながら、そして私自身の体験談を交え、述べたいと思います。
接客へのマナーを怠ってしまった為に起きてしまったトラブルといった内容の話は、しばしば出会う事はあるでしょう。私自身もコンビニエンスストアのスタッフのマニュアル化された客への対応の話を耳にした事があります。内容は、こういったものでした。
ある客が、そのコンビニエンスストアを訪れた時の事です。店へ入ると、入り口付近の一人のスタッフが、威勢良く、「いらっしゃいませ、こんにちは。」と挨拶をしました。その声を聞いた、他のスタッフ達も、それに反応し連鎖するように、「いらっしゃいませ、こんにちは。」と声を張り上げます。ここまで聞いた分では、客に対する、挨拶がしっかりしており、何ら問題のないように思うでしょう。しかし、実際の所、その客は、それとは裏腹に、その店で気分を害したと言うのです。その理由はというと、「店に入るなり、客の顔も見ず、まるで、人間が入って来たら合言葉の様に、決められた言葉を投げかけられ、気持ちが良くない。」という内容でした。大して店が込んでいた訳でもなかったようなのですが、商品を買った時も、スタッフは、目を合わす事なく、「あるがとうございました。又お越し下さい。」と早口で言ったとの事です。顔を合わさなかった、と言う事が、直接の不快に繋がったのではないのでしょう。
では、なぜでしょうか。それはきっと、この客が、スタッフの声の調子や表情から、思いやりでなく、事務的なものを感じ取ったからでしょう。客の中には、そういった対応を気にしない人もいるでしょう。しかし、世の中には多種多様な人がいる訳です。きっとこの客は、たまたま機嫌が良くなかったか、或は、繊細な人なのでしょう。心を忘れた対応は、時に人を傷つけてしまうのだと感じました。この話から、たとえ心に余裕が持てない場合であっても、表情や、声の調子で、人に対する真心は、目に見えなくても伝わっているものだと言う事を感じさせられます。
目には見えなくても伝わる、という点で、繋がりがある大切なマナーがもう一つあると私は思います。それは、人(客・知人等)の心を洞察する力を持つ事です。それがマナーに入るのか、と思う人もいるでしょうが、相手の子気持ちを汲み取る、といった点で、マナーに属するものだと私は考えます。
実際に、私の日常生活に於ける出来事の中から紹介をしたいと思います。
以前、買い物に出掛けた時の事です。ある店で服を見ようと中に入りました。すると、女性のスタッフが、気持ちの良い挨拶をしてくれました。そこまでは良かったのですが、そのスタッフは、私が店に入った時からずっと、こちらを見ているのです。そして、私が手に商品をとる度に、その品を勧めてくるのです。ゆっくりと物色したい私にとってそれは非常に落ち着かない状況でした。その様なスタッフは、その店に限らず、しばしば見られます。確かに、スタッフとしては1枚でも多く服を売りたいでしょうし、又、純粋に、接客が好きで、アドバイスをしてあげたいという思いもあるでしょう。しかし、それは必ずしも客全員が求めるものではありません。
客によっては、気さくに声をかけてもらったり、自分の事を注意して気づかってくれる対応を好む人もいるでしょう。しかし、シャイであったり、ゆっくり一人で買い物をしたい人にとっては、煩らわしいと感じてしまう事があるでしょう。
先に述べた例は、たまたまコンビニエンスストアと、私の出向いた店を取り上げましたが、それは、他の人と人との関わり合いの中でも同じ事が言えるでしょう。共通して言える事は、相手の状況を見極め、思いやりを持った対応をすることの大切さであると思います。目に見えない心を汲み取る事は、実際難しい事でしょう。しかし、一歩歩み寄れば、相手の必要としている事は、感じる事が出来るでしょうし、歩み寄れない相手であっても、心を込めた対応をしようと思う心は、大抵の人には、伝わるはずです。そして、その心に残るサービスに繋がる、第一歩であると私は信じています。06F021「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【受講番号】 06F021
【 テ ー マ 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
【 タイトル 】 「記念講演・第1~5講の講義を受講し感じたこと」
私が観光ホスピタリティカレッジで受講しようと思った理由は、現在観光関係の仕事に就いていてもっと質の高いおもてなしと、自分の好きな街「松本」をお客様によくわかっていただきたいと思ったからです。
まず第1講については、「ホスピタリティと街づくり」というテーマでしたが、その中でいくつか大切だと感じたことがあります。それは相手の感情のサインを見逃さないということです。今まではお客様の質問に対して一方的にご案内をして終わることが多かったのですが、相手の表情を見ながらどこまで情報を求めているか考え、聞いたりしてご案内するようすると「聞いてみてよかった。」と言われることが増え、以前よりよいご案内ができているように感じました。他には、日常生活で松本のよい所を探してみるということです。ガイドブックには載っていない良い所を日常生活の中で考えていたときに、お客様に気付かされたことがありました。それは、松本は道にゴミがなく花が綺麗に植えられていて素敵な街だと褒めていただいたことです。しかし、一人だけではなく何人もの方々に言われたのです。私はそこで、どこの街も同じではなく「松本だけ」のよさであって、観光施設だけが松本のよさをアピールすることじゃないんだとわかりました。改めてみてみると、松本は花がいっぱい運動の発祥の地でもあり、駅前から松本城までの道がわかるように道沿いに「シナノキ」が植えられているという工夫までされているのです。講義でも聞いたようにまず足元から見てみるということはまさにその通りだなぁとつくづく感じました。
次に、第2講の「信州の食」については、おもてなしを「食」にて例えた講義でした。お話の中で感性を磨くことが大事と強調されていました。例えば、料理にコスモスの花を添えるだけで全く変わったイメージに変わり、ただ咲いている花も工夫次第で生きるということです。第1講でも言っていたように目線を足元に変えてみると、コスモスのように生きるものがたくさんあると教わりました。わざわざ手を加えなくても、すでに信州にある自然という良いものを工夫次第でもっと良くすることができるんだと思いました。そのためには感性を磨き、別の方向から見れるようになることが大切だと感じました。もう一つ三皿(信州という大皿・料理を食べる建物という中皿・料理を盛る小皿)の調和のお話です。料理だけ美味しく作っても良くないわけで、大皿+中皿もあってこそ美味しいものが作れると聞いてなるほどなぁと思いました。確かに一つだけよくても全ての調和が良くないと全体的に見てバランスが悪いということです。これを松本にあてはめてみると納得しました。大皿を松本・中皿を地元の人々・小皿を松本城にしてみました。観光客がお城を見て感動しても、地元の人々の印象が悪いと感動は冷めて心に残る旅行にはなりません。逆に、地元の人々の印象がよくこの三皿の調和がいいと観光客に満足していただき、また来たいという気持ちにさせるのではないかと思いました。
次に、第5講の「マナーと伝統」です。私はこの講義で改めてマナーの大切さを感じました。これは接遇者だけが守り気遣うだけでなく、サービスを受ける側もマナーを守りちょっとした気遣う心が大切だと聞きました。今まではこちらからお客様に提供することばかり考えていましたが、マナーは一方的だけではなくお互い思いやる気持ちを持つことが必要だと気付きました。例えば挨拶です。お客様に「こんにちは。」、「ありがとうございました。」と言ってもなにも返ってこないことがあります。返事をしなくても会釈していただけるだけで嬉しくなります。やはり挨拶をしても返ってこないのは淋しく思い、挨拶は最低限のマナーだと思うのです。ちょっとした心遣いでお互い良い気分になれるはずです。そして、マナーを考え相手の状況を見ながらサービスを提供して、喜んでいただく。また次の人に伝えつながっていく。「まいた芽からマナーの大切さが伝っていく。」という伝統と文化にしていくという講義のお話を聞いてとても大事なことだと感じました。
最後に、今までの講義を聞いてわかっていたつもりのことでも改めて気付かされることが多かったです。私はもう1度松本を見つめ直し、足元からという別の視点から新たなものを発見できればいいなぁと思いました。お金をかけずにちょっとした工夫で良い所を提供できるように、すでにあるものや自然を生かして考えていこうと思っています。おもてなしや観光はとても奥深いものだと講義を受けて感じました。難しいこともありますが、講義で教わったことを自分なりに考え実行し、よりよいおもてなしをしたいと思いました。06F037「心に残るサービス」
【受講番号】 06F037
【 テ ー マ 】 「心に残るサービス」
【 タイトル 】 「心に残るサービス」
観光は、長野県の主力産業の一つだが、ここ最近の観光客の減少は、経営を大きく脅かしている。恵まれた、豊かな自然環境を、首都圏からの立地条件の良さに、旅の有り方が大きく変化している事を見落とし、過去最多のホテル、旅館の倒産と言う現実をつきつけられている。当講座の大半が、観光産業の従事者でリピーターも多い事が、問題の深さとして伺える。
私はこの信州の地が好きで、移住して来たまさしく団魂世代の人間だ、旅好きの人間として、この約十年の旅の様変りを身を持って感じている。昔は、時刻表と案内書で、コースを考え、旅館を捜し、細分にわたり自分達で計画を立てた。しかし今は、インターネットをクイックするだけで全ての情報が手にはいる。先日私は、青森の五能線に乗り、ある温泉へ泊まって来たが、この地はTVや雑誌に再々取り上げられ、シーズン中は予約も取ることが難しい旅館だと言われている。まさしく情報が人々を呼び寄せる大きな要因となっている。しかし私は、情報誌にものらず、偶然に泊まった旅館で、とても良い思い出を作ったことが何度かある。たとえ宿泊客が一緒でも、落ち着いた二つの室を用意してくれ、地元の食材を丁寧に料理した食事を提供してもらいゆっくりと癒された時間の空間を味わうことが出来た。つまりどの旅館でも多げさでなく素口とした「おもてなし」の心があるのだ、多額の設備投資そして、流行の露天風呂を作り外観を豪華に改装し、付加価値を上げている。しかし現実に多額の設備が出来るのか。これで収客率が伸びるのか。一歩間違えれば倒産につながりかねない。
人は何故「旅」に出るのか。美しい自然に癒されることもあるが、人との触れ合いも旅に求めているのではないか。殺伐とした現代に、接客と言う形で少しお客様と関わったらどうか。「もちろんそれを拒んで旅に出る人もいる訳だが」インターネットで情報を発信する事は不可決だが、せめて予約の電話は入れてもらおう。そこで相手の顔が見えて来る。その時苦手の食材を聞こう。今の状況を伝えよう。(新緑が美しい。紅葉が見頃等。)満室でも断るだけではなく、今の様子を一言説明し、行って見たい気持ちを行こさせよう。今は接客係も室を案内するだけだが、せめて接持をし、お客様の状況を把握し、名前を覚え帰るまで責任をもって接客する。客室には、手作りのガイドパンフレットを備え、常に新しい情報を提供する。客室そのものは、どこへ行っても大差はない。そこに何にかホットするものが一点でもあれば、その室は温たかくなるのだ。
食事は別の室が望ましいが、無理であれば他の客とは区切った客間が欲しい、食堂でガヤガヤの中では落ち着かない。接客係は、この時もお客様の名前を声に出し、温かい、冷たいのタイミングを考え、食材等一言声をかける事も忘れずに。もちろん食材は地元を考え、その土地ならではの食事内容をするのが原則である。その時にも、電話で確認した苦手の食材の話もする。押し付けではなくサラリとした会話が必要なのだ。
食事の後以外は、人は暇でテレビを見てゴロリとした状態でいることが多い、それなら、たとえ三十分でもいいから、“サロン風”な場所を作ったらどうか。地酒や地元のワイン、漬物等の簡単でよいから用意し、交流してみたらどうか。その時、地元の知識を多いに伝え耳寄りの観光情報を提供し、参考にしてもらう。旅での人との出逢いは、後日忘れない思い出となる事も多い。インターネットで予約し、隣人と接触もしないで、声をかわすこともなく旅を終えてしまうこともある。都会型社会が旅先にも広がってしまう。だったらせめて信州の旅では、人と人が直に触れ合い人々の温もりと美しい自然を感じ取ってもらえればと思う。又お客様の了解の元、四季折々の情報を何らかの形で伝える事でリピーターに繋げればと思う。
佐渡へ行った時、ある有名な大型ホテルの隣の小さな旅館に泊まったことがある。ホテルには何十台の観光バスが泊まり人が押し寄せていた。その時も私一組の宿泊であったが、心からの「おもてなし」を受け、翌日「能とソバの会」があるから是非見に行って欲しいと言うことだったが、予定があり断ってしまったが、地元の人々が多数見に来ると言うことだった。つまり「おもてなし」の豊かな旅館は地元の人々にも愛されていると言うことなのだ。06F001「サービスとホスピタリティ」
【学籍番号】 06F001
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「サービスとホスピタリティ」
真の「ホスピタリティ」を実行し得るために、類似の概念である「サービス」との違いを明確にし、「ホスピタリティ」の本質から、暮らしの「快」を導き出していくこと、ひいてはそれが人間関係を良くし、ホスピタリティあふれる街につながっていく道筋を示していくことが本稿のねらいである。
昨今、観光や飲食、サービス業など、接客を伴う産業の分野で、「ホスピタリティ」という語が多く使われるようになってきている。また、サービスに代わる「おもてなし」という語も「ホスピタリティ」の言い換えとして同様に用いられている。すぐに思い当たるだけでも、、ジャケットの胸ポケットに「HOSPITALITY」のロゴを刺繍しているファミリーレストランR、「居心地のいいホスピタリティ」をキャッチコピーとするTホテルズ、「おもてなしの心がある」とコマーシャルをするU温泉ホテルS、一面に「HOSPITALITY」と雑誌広告に載せるバイクメーカーY。
しかしながら、ここには二つの大きな誤認があるように思う。一つは、サービスとホスピタリティを混同し、「サービスを高めるためにはサービスにホスピタリティを込めることだ」いう誤認である。二つめは、ホスピタリティの概念が、単にホスピタリティという語の表面上の意味を「おもてなし・よいサービス」というようになぞり、「ホスピタリティの導入によってビジネスチャンスが拡大する」というような認識にとどまっていて、そのディスクールが、『社会科学理論研究(1992・山本哲士・文化科学高等研究出版局)』に述べられる、近代産業社会の生産性中心の他律的な秩序から、文化的な自律の秩序へのパラダイム転換の一環として導かれ、表出してきた概念であることが認識されていないということである。ホスピタリティの本質を見極め、真のホスピタリティを実行していくには、この誤認を解いていくことが必要である。
一つめの「サービスとホスピタリティの混同」について、『ホスピタリティ原論』(2006・山本哲士・文化科学高等研究院出版局)をもとに、その違いを整理しておきたい。「サービス」とは、お客様に喜んでもらうため、また、お客様のためになされるものであるといいながら、その本質は「しない」ことにより、人間関係をとても悪いものにさせてい。そして、他律的な「規則・きまり」に社員も客も従わせようとするものである。
イタリアンレストランでコースメニューにあるスパゲティその一品だけが食べたいがボーイからコースメニューだから駄目だと言われること(ボーイが出せますと言って厨房を説得することは「しない」)、12:02では喫茶店のモーニングセットが食べられないこと、お茶のサービスをしている喫茶店がコーヒーを飲んでいる最中に機械的に(店のルールとして)お茶を出しコーヒーを飲みきった頃にはもうお茶は冷え切っていること、ラウンジのウエイトレスが灰皿を代えるためにまだタバコを吸っている客の横に善意に満ちた表情で立っていること、また、赤信号とはクルマに対して人を轢くなという約束だったのに人は渡るなというルールに変わってしまい、クルマが一台も通らなくても人は忠実に渡らずに黙ってたたずんでいることなど、善意でしているつもりが、気が付かないうちに実際は「ルール先行のあり方」で融通の利かない、目的と手段がひっくり返った対応や姿がそれにあたる。こうしたサービスの本質は、以下の20項目に整理される。それは、
1.サービスとは画一的なもの
2.サービスは効率性を目指す
3.サービスは間接的な関係性にあって、直接性をとってはならない
4.サービスとは一対多数への関与
5.サービスとは最低限のものをより多くの人に提供すること
6.サービスはされないと不快になる
7.サービスは等価交換の関係
8.サービスは欠如の論理からなる
9.サービスはコストをより安くすること
10.サービスは「ああ友よ、ひとりも友がいない」(ニーチェ)世界
11.サービスは主人がいない
12.サービスは良設定にしかない
13.サービスは測定可能なものになっていく
14.サービスは社会化を目指し文化性をなくしていく
15.サービスはマニュアル化される
16.サービスは利益を求めるため損が出る
17.サービスは不満が出る
18.サービスは100%を目指す
19.サービスは過剰になるとうざったい、むかつく
20.サービスは責任が問われる
サービスとは本質が他律行為であり、客の状況よりも他にある規則が優先されるため、その関係性の中で、人間関係が不愉快になっていくのである。そして、忙しいときにその本性が現れる。例えば、空いているテーブルの皿を片付けない、注文したものがいつまでたっても来ない、お勘定を長いこと待たせる、といったように。
一方、ホスピタリティの現実・実質は、サービスとの比較から浮かび上がってくる。基本的には、一対一の対面した関わりにおいて、自律的な判断の下、相手の要求に一切ノーと言わず、その夢が実現するように、ひとつひとつ手だてを進めて、成し遂げていくことである。その本質は、以下の20項目に整理される。
1.ホスピタリティはひとによって個々ちがってくる
2.ホスピタリティは非効率的であるが合理的である
3.ホスピタリティは直接性である
4.ホスピタリティは一対一の関係行為である
5.ホスピタリティはその人に最高のものをその人だけに供する
6.ホスピタリティはなされなくても不快にならない
7.ホスピタリティは不等価の関係
8.ホスピタリティは足を知る論理
9.ホスピタリティは単価コストを高くすること
10.ホスピタリティは「ああ敵よ、敵がひとりもいない」世界
11.ホスピタリティは主人がいる
12.ホスピタリティは不良設定にある
13.ホスピタリティは測定不可能である
14.ホスピタリティは文化性にあって、社会性にない
15.ホスピタリティはマニュアル化されない
16.ホスピタリティは利益を求めないため損が出ない
17.ホスピタリティは不満が出ない
18.ホスピタリティは100%を目指さないが、120%にもなれば80%にもなる
19.ホスピタリティには過剰も欠如もない、ある均衡がなされている
20.ホスピタリティは責任をとる必要はないが、心にしたがってなされる倫理的なもの である
客の勝手なわがままに対して、それを実現するのは大変なことである。すべて真に受けていたら収拾がつかなくなってしまう。客は友人ではない、「敵」と見なす。何をしでかすかわからない、また、受け入れ側が持っていないもの(要求)を持ち込んでくる敵である。したがって、あらゆる事態を想定し、失礼のないように、怒らせないように、不快にさせないように、ネガティブな要素を想定し、それが場面において起きないように個別に対応していく。マニュアルではなく、常に不良状態にあって、それに臨機応変に対応していく、その結果、相手の望むようになっていく、夢が実現していく、というテクノロジーが「ホスピタリティ」である。
次に「ホスピタリティ」の概念が導き出されてきた、近代産業社会からの秩序転換について、『社会科学理論研究』をもとに言及しておきたい。
産業社会は、まず、生産性を高める合理性、効率性のもとに、人々ひとりひとりの存在を「個人化」しつつ個性をなくす「全体化」のシステムを作り出した。人々は、巨大機械の歯車のひとつとして没個性的に個人化され、機械総体の目標である生産性の増大のためにのみ存在を許されるというメカニズムである。また、そこからはみ出す存在は曖昧で不確かなものとして閉じこめられた。このメカニズムは、制度として現実化された。制度=規則をよりどころとする他律性優位のサービスの秩序ができあがった。学校化された教育、病院化された健康、モーター輸送化された移動がその典型である。こうした中で、一望監視体制の空間が構成され、一対多数の共同関係が「一対一」のコミュニケーションより優にたてられ、愛のコミュニケーションの実際空間がnDKモデルの家庭居住空間へ固定化されていく。男が外の公的空間で仕事をし、女が家の中で家事に従事し、子どもが学校へ通う社会空間が構成された。
次に、企業体は収益第一主義のシステムを組織化した。そして、産業価値と社会制度に合うようにそれを進めた。結果、経済的な豊かさは増加すれど個人の中には「現代化された貧困」が蓄積されていくようになった。それは、文化の余剰が経済活動へ配分されているという本源的なあり方ではなく、経済余剰が文化へ配分されるという転倒のためであった。個人の存在価値があってこそ経済活動が有機的な社会的活動となるはずなのに、個人が歯車のように部品として組み立てられていれば企業利潤が成り立つという企業のあり方であった。こうした秩序は、世界的にも画一的な様式を組織しようとした。生産性の高い秩序から見て、それ以外を低開発とみなし、その克服を課題として編成したのである。西欧の普遍主義とアメリカの経済ミリタリズムの下、低開発国は発展途上国として発展・発達を強いられる産業価値原理へ取り込まれていった。
しかし、1989年、近代産業秩序の両輪の一つであった社会主義が解体し始め、1991年8月、ソビエト連邦が崩壊する。ソーシャリズムに画一化されていた秩序が次々と壊れていく頃、日本では金融企業の秩序が狂い始めるなど、近代の終焉=秩序転換が始まっていった。
この没個性の秩序からの脱却、即ち、本源的な文化的秩序へ転換していくために注目されたのが、高級ホテルの「ノーと言わないテクノロジー」である。なぜなら、そこでは、近代産業社会にありながらも、私達が日常している等価交換の経済活動に対して、構造的に逆転したものが構成されていたからである。だから、そこへ行けば、「異空間」として快楽を得られ、快楽の余剰に浸ることができる。
そのテクノロジーは、秩序を変える可能性を秘めている。 一流ホテルでなされている諸活動、それに当てはまるタームが原語の「ホスピタリティ」であった。ホスピタリティは秩序転換のキーワードである。このキーワードの下に、文化的に秩序転換がなされていけば、街にも「快」が溢れていくであろう。06F038「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F038
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
1、はじめに
今まさに松本市は「観光ホスピタリティー」に組織的に取り組み、地域づくりと観光都市としての再生をめざしている。全国各地でも同様の取り組みがなされており、そこには松本市にも応用できる様々なヒントがつまっている。松本ではまだ取り組みが不十分だと思われる点を中心に、各地の「ホスピタリティー向上運動」を取り上げ、そこから「松本の観光ホスピタリティー」を考え、また自分の立場から出来ることについて考えてみたい。
2、松本のホスピタリティー運動の現状と課題
「観光ホスピタリティー」は、行政と民間企業、そして地域住民が一体となり、連携・協働しながら進めなければならないテーマである。松本はまだ地域住民参加という点でまだまだ不十分で、市民の意識も希薄であり、運動自体これからである。実際、「ホスピタリティー」という言葉の意味も一般の人にはわかりにくいものがある。また今回松本大学で開催されたカレッジについても、一部の観光産業従事者のための講座ととらえている市民が多い。自分のように高校教員という立場でカレッジを受講しているというと、「旅行業者への転職でも考えているのか」といった誤解を受けることもあった。もっと多くの市民がこのカレッジを受講することが本当は望ましい。そして「ホスピタリティー」とは何か特別なことではなく、松本市民一人ひとりが「自分たちの住みやすいまちづくりは、観光客にとってもまた訪れたくなるまちづくりにつながっている」ということを実感することが大切と考える。だが、市民全員がこのカレッジを受講できればいいのだが、それは現実的には難しい。わかりやすい形で市民にこの活動を根付かせるためには、やはり産・官・民、三者が協働で取り組み、この運動の目的や趣旨を繰り返し繰り返し伝え、地道に、継続的に活動していくほかにないと考える。
日本全国の観光地も、やはり同じ悩みを抱えながら、しかし松本市よりも一歩先にこの運動に取り組んでいる地域がある。それらの活動からヒントを得、松本ならではの形に仕上げていくことも必要かと思う。そこで今回は、おもにインターネットでの情報によるが、各地の取り組みを取り上げ、松本のホスピタリティーに生かす方向を模索してみたい。
3、市民の「おもてなし」意識を高める取り組みの事例
日本各地の「観光ホスピタリティー」への取り組みを取り上げ、松本市へ応用できる部分も視野に入れつつ考えてみたい。
(1) 能登学事始め
石川県の能登半島では、「見るだけでなく、ふれあいを大切に」「おもてなし半島・能登」をキャッチフレーズに、ホスピタリティーを前面に打ち出したキャンペーンを展開している。
「能登学事始め」というサイトを見てみよう。「地域振興や観光振興を図るにはまず、地域住民が地元の良さを再発見・見直すとともに、愛着を深めることが大切」として、“能登のお祭りプチ検定”を実施。また地域住民を対象にしたシンポジウムやフォーラムなども頻繁に開催、「能登に暮らす人々自らがホンモノの『能登』を知り、訪れる観光客への最高のおもてなしの実現をめざすことを『能登学』とし、『能登学』を地域ブランドとして育て、観光を軸とした地域づくりと観光交流の拡大」をめざすとある。
松本市もようやく「松本検定」が始まり、これに対する市民の関心も高い。しかし人間はどうしても飽きやすい一面がある。松本検定も、一過性の話題に終わらず、「松本学」として今後も地域住民に定着し、地域ブランドとして育つところまで高めていかねばならない。引き続き、市民の受験へのモチベーションを高めるためのPRは必要と思われる。
また能登では「のとNAIS」という事業が、内閣官房全国年再生モデル調査選定事業に選ばれている。これは、能登の祭り・伝統行事・食材・匠の技・自然を「のとNAIS」=能登ブランドとして認定し、観光広報活動に生かそうという地元ケーブルテレビの試みである。芋菓子や丸柚餅子などの菓子、能登提灯や七尾仏壇などの伝統工芸品、また石川県や国指定の重要無形文化財になっている祭りが「のとNAIS」に認定され、ケーブルテレビ局で製作したビデオクリップでそれらを市民や観光客がHP上で知ることが出来る。松本にも、昔から登山者の松本土産として愛された「徳本峠」などの菓子で有名な開運堂はじめ老舗の和菓子屋が何軒もあり、匠の技では松本民芸家具も愛好家が多い。また夏の「青山様」「ぼんぼん」「三九郎」なども地域行事として古くから行われている。これらを松本独自の尺度で認定・ブランド化し、広く市民に知ってもらうのである。意外に最近の若い人は松本の名物を知らない。「松本検定」も、「松本を楽しむ本」というテキストで学ぶことができるが、それに加えて地元ケーブルテレビとの協力で、こうした松本ブランドがいつでも映像で確認できるという方法も、検定を盛り上げるためにも有効と考える。
また、能登にはあって、松本にはまだ十分でないものがある。それは観光分野においての産・官・民の連携である。 輪島の市民・行政・企業による協働での地域づくりを目的に設立された組織、それが「輪島市地域づくりNPO」である。産・官・民協同のまちづくり・地域づくりの推進に関する事業を行い、「新しく良質な住民サービスの提供や生活環境の向上を図り、潤いと喜びを持って生活できるまちづくりと豊かで活力ある地域社会づくり」を目的として活動する。おもてなしのまちづくりのためには、まずはその地域の住民が住みやすいと感じるまちづくりが大切。中心市街地の活性化に必要な活動を行いながら、情報収集をしてホームページで発信、またバリアフリーステーションや公衆トイレ、駐車場などの清掃管理も行っている。
商店街の人たちだけでの活動や、あるいは行政の呼びかけや政策だけでは限界がある。今後はいかに市民を巻き込みながら「点」ではなく「面」で活動するかが必要になってくる。そのための組織作りが松本には必要ではないかと考える。
「能登学」には色々なヒントが詰まっている。ぜひ参考にしたい。
※参考サイト 能登学事始め
輪島市地域づくりNPO
のとNAIS
(2)「北海道観光のホスピタリティを考える」プロジェクトチーム
北海道は、道をあげて「観光ホスピタリティ」に取り組んでいる。平成13年に「北海道観光のくにづくり条例」が、また平成14年には「北海道観光のくにづくり行動計画」が策定されている。そしてその中に「観光ホスピタリティ運動」を位置づけ、またプロジェクトチームも結成され、政策提言報告書もまとめられている。以下、この報告書から引用しながらまとめてみたい。
ここでも基本にあるのは、「ホスピタリティあふれるまちづくりは、単なる観光の振興という枠にとらわれず、自分の家族や地域コミュニティが住みやすく誇りを持てるまちや地域につながる」活動である、ということである。特に「近年、観光客の旅行形態が個人・小グループの滞在型へと変化していくなかで、観光客一人一人の価値観も多様化し、地域住民のふれあいを期待することも多くなってきている」とし、今までのように観光関係団体を対象とした運動には限界を感じ、いかに道民にむけてホスピタリティ意識を浸透させるかというとことに活動の主眼は移ってきているようである。
「観光ホスピタリティ」運動が道民に浸透しなかった理由をプロジェクトは以下のように検証している。
① 道民が、その運動の対象であることを認識していなかった
② この運動に関する情報が、行政から一方的に発信したものだった
③ この運動が浸透した時に北海道がどうなっているのか、自分たちの街や暮らしはどうなっているのかというイメージを道民がもてなかった
④ この運動が観光業界だけの運動でないことが多くの道民に知られていない
⑤ 客観的な広報スタイルが人を動かさない
⑥ もっと小さなコミュニティ単位が自主的に動くような運動に発展させないと、地域住民まで巻き込むことが難しい
そのため、北海道は「自然一流、施設は二流、料理は三流、サービス四流、関係者の意識は五流」と揶揄されたことがあるという。これから本格的に「観光ホスピタリティ」運動に取り組もうという松本にとって、北海道の失敗とその対策は大いに参考になるものであり、逆に上の①~⑥を視野に入れながら松本での運動のあり方を考えることが有効になってくるだろう。特にプロジェクトは、道民への啓発効果が薄かったことに加え、観光事業者のスキルアップ不足についても挙げている。例えば、観光事業者が、サービスとホスピタリティの違いを認識していなかったり、良い事例悪い事例の情報が共有化されていないこと、また観光地のバリアフリー化が進んでいないことなどをあげている。市民を巻き込む以前に、まず観光事業者のスキルアップも必要であり、その後で、市民・観光事業者・行政が役割を分担したり、協働して魅力ある観光地づくりを進める必要があるとする。その点で先にあげた能登の産官民の協働とも大いにリンクしてくる。場所は変わっても、運動の基本は同じということである。
さて問題は、これらの課題を、「観光先進国」北海道がどう解消に向け取り組んできたかということであろう。大きく3つの方向からアプローチをしている。
① 道民が取り組む運動
・ 地元の土地、歴史、文化を学習する機会を設ける(語り部の発掘と育成)
・ 地域イベントへの参加
・ 花によるおもてなし運動への参加
・ 地域カルタ等の親しみやすい教材の制作と普及
特に3点目の「花によるおもてなし運動」についてだが、「まちに、お店に、心に花を」をキャッチフレーズに、道民のあたたかな心とまちを愛する気持ちを花というシンボリックなものとして表現したもので、「花は咲いている状態は結果であり、そこまでに育てる過程がまちづくりに結びついている」としている。そのために「フラワーマスター」という地域の植花作業に対する指導・助言・講習会講師を担当する花の街づくりのボランティアリーダーがいて、これを北海道知事が認定している。松本も昭和50年代は「花いっぱい運動」が盛んだった。今も名残はあるが、かつてほどの盛り上がりはない。松本市長認定のフラワーマスターを育成して、再びかつてのように花いっぱい運動を盛り上げることも、地域づくりの重要なテーマになりうると考える。
また、地域カルタの制作について、これもすでに20年以上前から「松本かるた」があり、小学校では教材としても使用されている。こうしてみると、松本には地域づくりに生かせる素地が十分に存在するので、既存のものを活用することはおおいに可能である。
② 観光事業者が取り組む事業
・ 外国人観光客受け入れ研修会
・ 業界内交流の促進
・ 心をこめた挨拶の徹底
・ 観光ホスピタリティステッカーの掲出
観光事業者はもともとサービス業のプロであり、一定の接客技術はマスターしている。しかし今、観光客が望んでいるのは、それに+αの「ちょっとした心遣い」「気配り」であるとする。営利目的の接遇能力ではなく、人と人との触れ合いが持てる思いやりある行為・気配りが、これからの観光事業者には求められていくことだろう。
③ 行政が取り組む施策
・ 観光ホスピタリティ実践者に対する北海道知事感謝状の贈呈
・ 各地域や施設が取り組んでいるホスピタリティ事例集の作成
道民と観光事業者がそれぞれの立場において展開している運動に対して、必要な支援を行うとともに、地域の取り組み内容などを広く情報発信するなど、情報の共有化も行政の大事な仕事である。また道民への「おもてなしの心」を育てる教育施策の展開を図ることが必要になる。
この「北海道観光のホスピタリティを考える」プロジェクト・チームは、実に幅広いメンバーで構成されている。北海道かるたを作る会、北海道女将の会、NPO法人北海道花ネットワーク、札幌商工会議所、ニセコリゾート観光協会、そして市役所の観光課、県の環境生活部生活文化・青少年室生活振興課等々である。そしてニセコや登別、恵庭でフィールドワークを行い、現地報告をまとめている。ニセコの道の駅「ニセコビュープラザ」の農産物直売所、温泉観光地としての登別の取り組み、「花のまち恵庭」のえにわ市民花ガイド等々、興味深い検証がまとめられている。前述したように松本はすでに既存の資源がある。それらを生かしつつ、北海道の取り組みを参考にさらに発展していくことが望まれる。
※参考サイト 北海道のHP
(3)みやぎ 食のホスピタリティー
宮城県では食にまつわる興味深い取り組みを展開している。その名も「食のホスピタリティ」である。
「食事は、人間の一生を通じて最も頻繁に繰り返され、生きていく以上決してやめることのできない生活上の行為」「一度しかない人生、生活の質を高めて楽しく生きるためにも食事を楽しまない手はない」「味はもちろんのこと、食器や盛り付け、食べる場所の雰囲気に至るまで食事を楽しむ要素は数限りなくある」「それらの様々な要素に共通して必要なのは、食事を提供する側の“おもてなしの心“」であるとして、食のホスピタリティーにウエイトを置いた取り組みをしている。
特に近年、少子高齢化や女性の社会進出により、外食やお弁当・惣菜を利用する機会が増えている。どこでどんな食事が出来るかの情報は、口コミの評判やグルメ雑誌の記事、グルメサイトで得ることができるが、「満足度の高い食事」の提供に熱心に取り組んでいる飲食店はどこなのかという情報はなかなか得ることができない。そこでこれらの情報を、“おもてなし”という視点で行政が情報を発信している。また最近ではもっと突っ込んで、「満足度の高い弁当」を提供する店や、「満足度の高い食事」を出す病院や介護施設はどこなのかというところまで、詳細な情報を提供しているのである。
具体的には、メニューの栄養成分や食材の産地表示、ヘルシーメニューの提供、バリアフリーに配慮した食事環境などに取り組み、満足度の高い食事を提供している飲食店には「健康づくりサポート・おもてなしの店」ステッカーが貼られることになっている。 またサブステッカーもあって、「栄養成分を表示」「食材情報表示」「禁煙・分煙実施」「バリアフリーの店」等々、それぞれの店舗の特色をこのサブステッカーで表示する(図1)。
これに参加した店は、県政だよりやテレビ・ラジオでのPRなどのサービスが行われる。
また、宮城県内の病院の治療食、施設の介護食についても「病院食・施設食 満足度向上“もてなし”情報」を提供する。昔ながらの冷たくてまずい病院食ではなく、適時適温(温かいものは温かいうちに)、高品質(栄養成分コントロール)、セレクトメニュー(何種類かのメニューのうちから選択)などを取り入れ、病院でも「おもてなし」の気持ちで食事を提供しようという取り組みを行っている。
松本でも相沢病院のように、人間ドックに入ると、「澤田」のフランス料理が食べられる、といったサービスを提供しているところもある。病院食といえども、様々な点を配慮し、誰にとっても安全で安心、食べやすいメニューを提供することも、地域全体の「おもてなし」運動を盛り上げることにつながるのかもしれない。もちろん、市内に星の数ほどある飲食店を「健康づくりサポート・おもてなしの店」として認定し、それぞれの店が食に対する意識を向上させることも重要。訪れる人から「とにかく松本は食べるものがうまいんだよ」といった評判がたてばしめたものだ。食という視点からホスピタリティを考える、宮城の興味深い事例である。
※参考サイト みやぎ 食のホスピタリティー
4、各地の取り組みからわかること
以上、能登半島、北海道、宮城の例を挙げた。いずれの地域の取り組みも、ベースは同じであると考える。つまり、これからはもう「お客さんを呼んで儲けよう」という発想では駄目だということだ。まずは自分たちにとって住みやすく、環境に配慮した美しいまちづくりからはじめ、そんな自分たちの取り組みに共感し、理解し、やってきてくれる旅行者と価値を共有することが必要になってくるのである。
そして松本が、まち全体でホスピタリティに取り組もうとするならば、特別なイベントを実施したり、観光施設に案内するということも必要ではあるが、その前にこのまちの一人ひとりがマナーやモラルに敏感であることが求められるだろう。ゴミのポイ捨て、歩きタバコがなく、いつもまちが花いっぱいに満たされている。地域住民が挨拶を気軽に交わし、弱者をいたわる、そんな当たり前の身の回りのマナーを市民ひとりひとりが守れたならば、松本はさらに住みやすいまちになり、松本へまた来たい、と思う観光客が自然と集まってくるのではないだろうか。車椅子使用の方やお年寄りが便利と思うスロープやエレベーターは、健常者にとっても便利であり、誰にとっても過ごしやすい「ユニバーサルデザイン」なまちづくりも大切だ。ホスピタリティとは案外単純で、「自分がやって欲しくないことは自分はやらない、自分がして欲しいと思うことを相手にしてやる」、そんなことなのではないかと思う。そしてその単純なことをまずは自分が、一人ひとりが実践し、輪を広げていくことで、「松本のおもてなし精神」は広がっていくことだろう。
5、自分にできることは
さて、自分は前述したように高校の教員であるが、この立場から地域のホスピタリティ運動に関わるために何ができるだろうかを考えてみた。
(1)おもてなしの心を育む
高校生の進学先として人気の高いある専門学校では、「高校生ホスピタリティコンテスト」というものを実施している。高校生を対象に、ホスピタリティあふれる俳句や写真を募集するものだ。 2006年度に入選した俳句作品を紹介してみよう。
「戸惑って 差し出した手に ありがとう」
「ただいまと 言える地域の あたたかさ」
「あいさつが 優しさつたえる 第一歩」
※参考サイト
作品を読み、高校生が実に的確にホスピタリティの本質をとらえていることに驚かされる。おもてなしの心とは、相手の立場に立って行動することでもある。特に少子化で、地域の子供同士のつながりも希薄なこのごろ、こういう思いやりの心を中・高校生時代に学校でしっかりと育むことも、自分に出来る地域づくりの一つの手段と考える。方法は俳句や写真でなくても、自分の授業あるいはHR活動でいろいろと考えられるだろう。また毎日の清掃にしっかりと取り組むことで自分の学校に愛着と誇りを持てる。環境を整備し、植物を育てる。幸い、自分が現在勤務する塩尻志学館高校はぶどう栽培とワイン製造で歴史と実績のある学校である。それらの活動を通じて、地域を愛する心とおもてなしの気持ちを育むことが十分可能であると考える。
(2)歴史を知る・教える
特に自分の専門が日本史であることから、授業の中では折に触れて松本平の歴史に触れている。もちろん地元塩尻の平出遺跡の見学なども実施しているが、夏休みには、松本周辺の博物館・美術館を訪れてレポートするという宿題を各自に課した。塩尻志学館の生徒の多くは、実は松本市内から通ってくる。旧開智学校、松本城やその敷地内の博物館を訪れる生徒、蔵の中町を歩いて、はかり資料館を訪ねた生徒、松本美術館で郷土の作家・草間弥生や上條信山の作品に触れた生徒など、多彩なレポートが提出された。それぞれに共通の感想は「松本って意外に知らないところがたくさんあるんですね」。松本城も幼い頃に訪れたきりという生徒が多く、新鮮だったようだ。また、先だっての授業の中では、江戸時代中期に松本藩を揺るがした貞享義民騒動についてふれたが、地元の童話作家・塚田正公氏の作品「かたむいた城」と、松本かるたの「多田嘉助磔の図」の絵札を教材として利用した。最後の場面で多田嘉助が「二斗五升」と叫んで死んだ瞬間、松本城がぐらっと傾いた、という場面は有名でドラマティックな場面だ。この話を知らない生徒も最近は多いが、地元の話題は興味を持って聞いてくれる。松本平にまつわる歴史について、なるべく丁寧に触れることは大切と考える。こうして松本に対して少しでも愛着と誇りを持ってくれる若者を育てることも、自分に出来る活動の一つではないかと考える。
6、まとめ
カレッジでたくさんの著名人の講義を拝聴し、その都度感激と感動をおぼえた。毎回が新しい発見の連続であった。十数回の講義の中で様々な角度からアプローチをしたが、結局最後に到達したところは同じであったような気がする。それは、「観光ホスピタリティ」とはイコール「住みやすい地域づくり」でもあったということだ。観光業者や行政に任せるのではなく、そこにさらに市民が加わり、三者が協働しながら地域づくりと観光振興を同時に展開していく。地域住民の立場は皆違うが、それぞれの出来る取り組みをすればよいのだ。それらが総合して、トータルで「住みよい松本」になればいい。それがこれからの松本の地域づくりに求められている。まさに一人ひとりの取り組みこそが重要になってくるといえよう。カレッジの開催をきっかけに、「おもてなしの輪」が少しずつ広がって、魅力的な都市・松本が育つことを大いに期待したい。06F025「松本ブランドの必要性」
【受講番号】 06F025
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「松本ブランドの必要性」
今回松本のホスピタリティカレッジを受講して、各分野様々な講師の話を聞けたことは良い体験となった。最後の論文のテーマである『ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか』という命題に関して松本ブランドの必要性という観点で松本の現状を考察してみたい。
現在の松本市は観光に関して行政、民間共に様々な努力をしていると思う。しかし、観光に訪れていただく観光客の方に『松本』と言った時どのようなイメージが浮かんでいるのか不明である。松本はよく自然・文化・音楽に溢れた地方都市ですとPRされているが皆がそんなイメージをしているのだろうか。松本駅に降り立ってみたとき何処かの地方都市とそんなに違いが見えてこないような感じがある。
昨年12月に隣接地の安曇野市で宿泊者を対象に『食と農』に関してアンケートをした結果を手に入れることが出来た。
約400名のアンケート集計であり尚かつ隣接市での実施ではあるが、長野県の中部地域に何を求めて訪れているのかがわかる結果が出ていると思う。
・観光の概要
平均的な観光形態は一泊二日の家族旅行である。
・観光の目的
自然や風景を楽しむこと・温泉を利用するため・地元食材や料理を楽しむため
・観光へ訪れた回数
トップは始めてで36% 驚くことに第2位が6回目以上の24%である。
・観光の満足度
極めて高い「自然や景観」の満足度、やや低い「お土産」の満足度
・体験活動
人気の高い“農”体験 蕎麦打ち・乳製品作り・果実の収穫
・食事で重視していること
一位は地元食材の利用・次にオリジナル料理、そして手頃な値段
尚かつ「地元食材」を求めているのは何度も訪れているリピーターの比重が高くなっている。
そして、食事に使っている旅行予算もリピーターの方が高くなっている。
ざっと列記してみたが、この地域を訪れている観光客の目的がぼんやりではあるが掴めそうな結果である。
松本市は安曇野市と同系列で括れないことは解る、しかし松本を訪れている人たちが何を求めているのかを探る手がかりにはならないだろうか。
自然に関しては期待値が高いと思われる。また松本ならではの食を求めて来訪されている方も多いであろう。もちろん温泉も含まれている。様々な部分ではほぼオーバーラップしているのではなかろうか。一度松本地域として実施してみる必要があると思う。
「自然や景観」
旧市街地は自然とはかけ離れた開発がなされてしまっているように感じる。先ほど文頭で述べたように松本駅へ降り立っての景観は松本らしさが残っていないように思う。
もちろん、少し移動して上高地・美ヶ原へと向かえば一掃されるのではあるが。・・・
実は松本は「花いっぱい運動」の発祥の地である。駅のコンコースへは若干植え込みをしているが、現在の市街を歩いていても「花いっぱい運動」の発祥の地である積極的な活動が見えてこないような気がする。松本市街地を歩いて楽しめるように「花いっぱい運動」を利用してみてはどうだろうか。
そのためには行政と市民が一丸となって進めていく必要があると思う。植栽出来る場所を行政が主導して造り、地元の商店街や自治会が花の種を植えて世話をする。そんな仕組みづくりがもっと必要であると思う。
商店街や自治会が主体的に運動を手伝うために誇りを持てる「松本ブランド」が必要だと思う。松本と聞いたときに浮かぶイメージに花咲き溢れる街をイメージしてもらうことである。そして現実に松本市が花でいっぱいになった時には、観光に訪れる皆のイメージも変わってくるものと思う。
現代は企業もイメージやブランドを非常に大切にしている。観光都市でもイメージやブランド力を持って広報をしていく必要性は多大であると思う。
「地元食材」
今回の講義でも何度も話を伺えた命題ではある。第2講で北沢先生が話されていたように、いたずらに手を加えすぎた料理が多すぎるのではないか。各料理提供者がオリジナルを求めすぎて地元食材の良さを殺してしまっているような感じがする。あまり手を加えずに提供できる工夫がオリジナルとはならないだろうか。
「農体験」
松本には山辺のぶどうや今井のりんご沢山の農資源がある。体験できるような事業展開を農家や農協と作り上げていく必要がある。
全体を通していえることは、松本のブランドを行政が作り上げていく必要があると思う。もちろん民意として出てくるのが一番いいとは思うが合併後大きくなりすぎた感のある松本では民意主導よりも行政主導のほうがより物事が進みやすいのではないかと思う。
松本らしい施策がホスピタリティへも想いがつながっているように思える。一個人としてはなかなか難しいかもしれないが、普段の生活でごみを拾い、歩行タバコをしないなど松本への協力を果たして生きたい。06F010「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F010
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
木曽檜の生産地としてまた、伊勢神宮遷宮材の産出地として、林業の最盛期であった昭和40年に一時は人口一万人以上を数える活気ある町であった。社会経済の変化と共に、山からの木材の搬出が河川利用から森林鉄道へと変わり、森林鉄道からトラック輸送へと移り変わった。そして国有林野の赤字対策による営林署の統廃合など就業人口が減少し、木材価格の低迷による林業の衰退など、多くの要素によりかつて栄えていた木材の町は、年々総人口が減少し高齢化の波が押し寄せ、若者は就業の場が少ない地域から都会へと流出し、子供の数はどんどん減少している。しかしながら、当地には昔から守られてきた大自然が残されており、その存在と有効な働きを知っていただき、多くの方々に訪れていただくことがこれからの地域づくりに繋がるものと確信している。そこで、ホスピタリティ溢れる地域づくりについて、その現状課題を抽出し、今後の課題解決に向けた取り組みを検討するものである。
木曽地域は良質な木曽檜の産地として知られ、中でも上松町は木材搬出の拠点と
して森林鉄道によりその生活が支えられてきた。上松駅を起点として延びる王滝線は上松、三岳、王滝、三浦までをつなぎ木材を運搬するほか、地域住民の生活の足として利用され、多くの人が上松町に集まり、食料・生活用品などの買出しや輸送手段として重要な役割を果たしてきた。しかしながら戦後、森林の皆伐方式が森林保護の建前から間伐方式に改められると、大量輸送を原則とする森林鉄道運材からトラックなどの柔軟的な運材方法へ転換され始め、昭和40年にいよいよ小川森林鉄道が廃止となり、昭和51年王滝線を最後に森林鉄道が廃止となったのである。 人口の推移は国有林野事業を行う上松営林署また森林鉄道を管理整備する上松運輸営林署に就業する者、伐採作業や製材業に携わる人が多く、家族を含めその数は昭和40年の10,083人をピークに、以後減少の一途をたどり現在は5,700人台まで減少してしまったのである。
木材の生産は戦後の復興と経済成長により再び木々が大量に伐採され木曽地域からも多くが搬出され、現在でも天然木の伐採を含め人工林の間伐など日々伐採が進んでいる状態である。また時代の変化に伴い、木材価格の低迷、住宅のプレハブ化、林業従事者の減少などにより、木材業界がかなり沈静化しているのが現状である。かつて木材業が盛んであった時代は、国有林で生産される木材の市に全国からたくさんの購買者が訪れると共に、近隣町村から食料物資を求め来町する方で町内に人が溢れ宿泊業、飲食店などの営業件数も多く非常に賑わっていたということである。こういった時代の背景により新規産業が発展せず、新たな就業の場が開拓できなかったこともあり、働く場所が無いことから若者は都会へ流出し、現在では人口の減少に歯止めがかからない状態である。昭和40年の年齢別人口割合を見ると、0~14歳までの割合は28.1%、15~64歳までの割合が65.1%、65歳以上は6.8%であったのに対し、20年後の昭和60年では0~14歳までの割合は18.3%、15~64歳までの割合が64.8%、65歳以上は16.9%、その20年後の平成17年では0~14歳までの割合は11.8%、15~64歳までの割合が54.7%、65歳以上は33.5%と益々少子高齢化が進行することは避けられない状態である。働く場所がない、若い人がいないということは、あらゆる分野において人材も薄くなってしまうことは言うまでもないことである。
行政では木材産業に替わる新産業として電子部品、自動車部品の会社を誘致し、若者の就業の場を確保してきましたが、人口の減少に歯止めをかけるほどの効果は無く、公営住宅建設などの住宅施策や子育て支援策の充実などに取組んでいるものの決め手となる施策もなく、現状の中では画期的な打開策も見出せない状態である。しかしながら、自然という点では非情に恵まれた環境にあり、特に赤沢地域は昭和44年に日本で最初の『自然休養林』に指定され、『材木遺伝資源保存林』『植物群落保護林』として保護されています。昭和57年には『第1回全国森林浴大会』が開催され、『森林浴発祥の地』として多くの人々に親しまれて来ました。この長い歴史の中で保護されて来た樹齢300年を超える木曽檜の森が最大の財産であり、伊勢神宮の御用材として20年に一度遷宮にあわせて御杣始祭が開かれ、樹齢の高い美しい檜が伊勢へと運ばれて行くのである。今まで森林浴は体に良いといわれて来ましたが、最近になって「森林セラピー」という森林療法分野において、癒し効果についての生理実験調査により、森林が人体に与える効用があらためて実証され、その効果の高い森として第一期森林セラピー基地に認定を受けたものである。
赤沢自然休養林は開園以来年々来園者が増加し、第一回森林浴開催時の昭和57年度には28,155人、昭和60年度には40,933人、平成8年度には過去最高の115,826人、平成18年度は過去二番目の記録となる115,673人を記録している。外来者の多くはリピーターであり、森が体に与える影響を十分理解している方々である。しかし、地元の住民はこの貴重な財産があまりにも近くにありすぎるため、自ら足を運び自然からの恩恵を受ける人が少ないのが現状であり、この恵まれた自然を活用したまちづくりを進めることが、今重要な課題なのである。
地域に求められるホスピタリティとは何なのか、おもてなしとは何なのか考えてみるに、住民一人ひとりのお客様をお迎えする気持ちが大切なのである。今までのようなマスツーリズムに慣れてしまったお迎えではこれからの団塊の世代を主流としたエコツーアーには対応できないと実感している。飲食業にしてもレトルト食品などによる団体対応の食事では目的をもって楽しむ旅行者からはとても受け入れられるものではなく、そうした営業に依存している業者は店のみならず地域のイメージから大きく逸脱するものである。地域のものを使ったオリジナル料理を
一点でも良いので創作していただきたいものである。また、宿泊業についても過去にはホテル・旅館・民宿など20件以上営業していたが、産業の衰退や交通網の整備による旅行の形態が滞在型から通過型へと移り変わってきたこと、高齢化による後継者不足などにより年々廃業する件数が増加し、現在は14件まで減少している。
宿泊業についてもマスツーリズムから脱け出せない施設は、今だ団体さん扱いの料理で迎えているところが多く、そういった施設からはしだいに足が遠のいているのが現状である。しかし、中にはエコツアーに敏感に反応している事業者もあり、
積極的に地域資源を活用し、創作料理によるおもてなしを実践している方もいる。
エコツーリズムにこだわる旅行者にとっては、自然、健康には非情に関心が高く、
恵まれた自然環境、地域食材を利用した安心・安全・ヘルシーな食事はとても人気があり、なかなか予約が取れないといった状態である。こういった状況が同業者に広く浸透することでおもてなしの一部が補完されるものと考えられるのである。
現在、お弁当を提供するグループが中心となり、飲食業、宿泊業の皆さんが勉強会を開き、おもてなしの料理について研究を進めている。それぞれがオリジナリティある料理を提供することが出来れば、それも一つの観光資源となり得るのである。
観光産業に携わる事業者については、それぞれの分野で改善に向けた取り組み
が始まりつつあるが、旅行者をもてなすのは観光事業に携わる方々だけではなく、
町民自らが実行者にならないとなかなか継続的な地域観光には結びつかないと考えているのである。まずは住民が恵まれた地域資源を理解することから始めなくてはならない。現在、赤沢自然休養林では「NPO法人木曽ひのきの森」のメンバーが赤沢自然休養林のガイドを行っているが、お客様に対して町民の誰もがその地の観光地や地域全体を的確に案内出来ることが大切であり、そして実際に体験することが大切である。癒し効果の高い森といわれていても、足を運んで実際に体験し、正確な情報を伝えることが重要なのである。また、足を運ぶことによりその財産の貴重さに気が付き、環境への配慮や保護精神が醸成されるものであり、そこには住民のコミュニティが生まれ、農業や健康にも配慮した持続的な地域観光(エコツー
リズム)が成立するものである。
今地域に求められているものは環境教育と健康づくりであり、環境教育は先ずは地域を知ること、地域を知ることは自然環境に大変恵まれている状況が理解出来、それを守り生かして行く方法が見えて来るものである。健康づくりは町民それぞれが自らの体をきちんと管理し、健康な体づくりを行うことである。何事も健康が第一であり、自然・健康への関心と理解がお客様をお迎えするホスピタリティの根源であると思っている。
現在「健康な体でまちづくり」をスローガンに町民の皆さんに食と健康について色々とアプローチしている。その一つとしてノルデックウォーキングを取り入れた健康な体づくりを推進しようとしているのである。このウォーキング法は、体に与える負荷が90%に対し効果は120%といわれている。また、この運動法を取り入れることで新たなコミュニティが生まれることに期待しているところである。
それはウォーキングロードの設置を住民参加で行うことである。地域コミュニティの醸成にはうってつけであり、ウォーキングロードの活用により町民の健康が増進され、明るく健康的な地域住民が来訪者をお迎えすることは、まさしくホスピタリティの第一歩であると考えるのである。
私に出来ることは、住民とのコミュニティを大切にし、ネットワークづくりや協働活動に積極的に参加することであり、地域住民と一緒になって考え、実際に行動することである。そして何よりも一番に行うことは健康な体づくりに取組むこと、それが私のホスピタリティ溢れる地域づくりの基本である。06F024「山岳観光地を舞台に」
【受講番号】 06F024
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「山岳観光地を舞台に」
1.はじめに
平成18年に旧松本市は、安曇村、四賀村、梓川村と合併して上高地や乗鞍高原、槍穂高連峰をはじめとする北アルプスなどの豊富な山岳観光資源を有する、名実ともに“岳都”として生まれ変わった。それまでの“北アルプスの玄関口”から本物の“岳都”になったわけだが、この世界に誇る素晴らしい山岳観光地でありながら、訪れる人々を十分に満足させることができる山案内人や自然案内人を統括する組織が松本市になかったのが現状ではないだろうか。
案内人といえば、ただ単に先頭を歩く道案内人と思われがちであるが、岳都としてより多くの観光客が訪れ、この豊富な自然に触れ、また後世に永遠に伝えていくためにも、自然解説や、顧客の安全管理、旅程管理、登山技術指導などホスピタリティー溢れるおもてなしができる“山旅の総合的なプロデューサー”としてのガイドの育成が必要と思われる。
本文は、ホスピタリティー溢れる山岳観光地造りのために何ができるかを提案するものである。
2.問題点
先の述べたとおり、世界に名だたる豊富な山岳観光資源を有し、訪れる観光客の数も相当数に上るのであるが、ガイドといえば、単なる道案内人くらいにしか思っていない人が非常に多いのではないか。また、素晴らしい信州の山旅を創造する案内人が少ないのが現状ではないかと思われる。
~信州に来て良かった。あの人に案内してもらって良かった。また信州に来たい。~
~自然て素晴らしいものなんだ。だから後世に大切に伝えていかなければならないんだ。~
などと思われるような案内ができるガイドを育成していく組織の構築やイベントの開催を官・民一体となって進めていく必要があると思われる。
また、上高地などの現地にそのような案内人を常駐させるシステムも無いのが現状である。多くの登山者が、何処で、誰に頼めば安心して山案内をしてもらい、登山が楽しめるのかもわかりにくい状況である。現地に行けばあとは安心して旅程を任せられる山案内人が常駐していてこそ、真のホスピタリティー溢れる山岳観光地ではないだろうか。
3.現地ガイドとは・・・
昨今、「ツアー登山」という言葉がすっかり定着している感があるが、気軽に参加できて山登りを楽しめるとあって人気があるのは周知のとおりである。ただし、気軽に参加できるがゆえに、山の知識や経験なども様々な人が一緒に行動することによっていろいろな弊害もあるのも現状ではなかろうか。ツアーが盛んになったところで、古来より山や自然の厳しさは少しも変わっていないわけである。引率するガイドや添乗員の力量によって、顧客の安全確保や山旅の満足度が大きく変わってしまうのが現状である。
記憶に新しいところであるが、昨年10月の連休中に起きた白馬岳での大量遭難事故は、ガイドの天候判断ミスから貴重な人命が失われた痛ましい事故であった。現地の山岳状況に精通しているものであれば、10月に稜線付近で吹雪になることは十分予測できたと思われるだけに残念な結果となった。
ツアー登山そのものを否定するつもりは毛頭無い。気軽に参加できるからこそ、より多くの顧客が信州の山を訪れることができるわけだし、少しでも多くの方に山を知っていただきたいと思う。
自然の貴重さを学ぶためにも、これからは単に登頂だけを目指す登山から、その地域・山の歴史や地質、動植物の生態など総合的に山を楽しみ、自然に触れていく山岳観光の時代にしたいと思うのである。だからこそ、現地に精通した山岳知識の豊富なガイドの育成が必要だと思うし、ただ案内するだけでないホスピタリティー溢れる接客ができる “山旅の総合プロデューサー”が必要と思うのである。「人は人に付く」という言葉があるように、最終的には、その人それぞれの人柄によるところが大きい。経験豊富な者が次世代の人材を育成していく“山の社会勉強”なる場も必要である。
旅行会社によって様々な事情があるのであろうが、単なる道案内、添乗員のようなガイドとはいえないようなスタッフではなく、「信州の山旅を心から満喫していただけるような現地に精通したガイドが待ち受ける」そんなアルプスの玄関口、岳都・松本を創っていくべきだと思うのである。
また、先に述べたとおり、そのようなガイドが現地に常駐していける施設、システムの構築も同時に進めていけばより多くの方が安心して北アルプスの山岳観光を楽しめるような真の岳都となるのである。
4.まとめ
では、自分は何ができるか、何をしていくのか ということであるが、
現地・松本市で出迎える地元ガイドの一員として、山小屋や山岳関係者との連携を密にし、常に山岳状況を把握し、その顧客に合わせ、季節に合わせた山案内ができるよう努めていく。それが顧客満足度を上げる手段であるし、満足度を上げる事によって北アルプスのイメージアップ、顧客の増加を図っていくしかない。また、同志(NPO会員)との連携も密にし行政と一体となってのイベント開催や登山者への啓蒙活動、次世代の人材育成を充実させていこうと思うのである。規模の大小にかかわらず、常に、いい仕事、いい案内ができるよう努めていくのが一番だと思う。
ひとくちに山岳ガイドといっても接客業。顧客なしでは勤まらない。しかし、山のプロとしての誇りを持ち、山や自然の素晴らしさも厳しさも伝えていかなければならない。顧客が望むことを言われる前に自然に出来る様な真のホスピタリティー精神溢れる接客・案内ができるよう、日々精進を重ねていく所存である。
最後に、今回の講義を受講させていただき、大変貴重な話を聞くことが出来ました。今回学んだことを自身の今後の山岳活動に活かしていけるようがんばります。また改めて、このような機会を設けていただいた松本市や松本大学の皆様に感謝申し上げます。
以上06F006「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F006
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
松本市にある、国立公園内の山岳観光地「上高地」は、約200日のシーズン中に、120~150万人の利用者を迎えている。安房トンネルなど、交通の整備により、日帰りの観光客は増えているが、宿泊や滞在客は、逆に減少の傾向にある。
住民でもある私たちは、上高地の良さをもっと、訪れる人々に知っていただき、滞在をしていただけるような観光地にしてゆかなければならないと、上高地観光旅館組合の中に「郷づくり委員会」を設置したが、今一つ有効に機能しているようには思えない。
ここでは、上高地をどうしたら「郷」として心に残る滞在型の観光地へシフトして行けるのかを考えてみたい。
はたして、今、上高地を訪れる観光客は、何を感じ、何を求めているのだろうか?そんな思いを基に
私たちは、以下のような、アンケートを行った。
* 調査場所 : 上高地エリア内(釜トンネルより上流)
* 調査期間 : 平成16年4月27日~6月30日
* 調査方法 : 調査用紙記入 回収ボックスへの自主投函
* 回収ボックス設置数 : 25個(旅館組合員施設および関係施設)
* 調査票配布枚数 : 約10,000枚
* 回収数 : 1,409枚
* 集計分析 : 民間の会社に依頼
アンケート用紙
皆様の意見で上高地が変わります。
『上高地郷づくり アンケート』のお願い
これからの上高地全体に生かしてゆきたいとの目的でこの調査を行っております。
お手数ですが、よろしければ上高地についての率直なご意見・ご要望を教えてください。
Q1.実際に来てみた上高地で、お気づきのことがありましたら、ご自由にお書きください。
Q2.上高地で皆さんを迎える、私たちに望むものは何ですか。ご自由にお書きください。
Q3.答えてくださった、あなたについて教えてください。
a)どれかひとつに○印をつけてください
①性別 1.)男 2.)女
②年齢 10代以下 20代 30代 40代 50代 60代 70代以上
③居住地 都道府県(ご記入ください)
④上高地は何泊ですか 1.)日帰り 2.)1泊 3.)2泊 4.)3泊以上
b)どこに行きましたか
1.)坂巻・中の湯 2.)大正池 3.)ウエストン碑 4.)河童橋 5.)小梨平
6.)明神池 7.)徳沢 8.)登山 9.)その他 (ご記入ください)
ご回答、有難うございました。
≪アンケートの分析≫
Ⅰ、回答者の傾向
1)回答者 :性別 男性 42.9% 女性 52.5% 無記入 4.6%
男女比率は若干女性が上回っている。
2)回答者 :年代別 20代未満 11.2% 20代 10.6% 30代 12.0% 40代 11.6%
50代 20.5% 60代 22.7% 70代以上 10.1%
極端に偏ってはいないが、50代以上の合計が52.6%と高年齢者が多い。
3)回答者 :居住地別 1位 東京都 17.75% 2位 千葉県 12.32% 3位 神奈川県 10.0%
4位 大阪府 8.99% 5位 愛知県 6.3% 6位 埼玉県 5.14%
7位 長野県 4.93% 8位 兵庫県 4.64% 9位 京都府 3.04%
トップ3は首都圏、次に関西圏が多い。
4)回答者 :宿泊数 日帰り 7.4% 1泊 58.5% 2泊 20.3% 3泊以上 8.7%
1泊が非常に多い。 日帰りが少なかったのは、主に宿泊施設に設置したた
めクロス統計をした結果、日帰りは中京圏および県内が多く、連泊は首都圏・
関西圏が多かった。
5)回答者 :訪問地 河童橋 86.6% 大正池 65.2% 明神池 60.4% ウエストン碑 56.3%
小梨平 31.5% 徳沢 18.4% その他 12.1% 登山 5.8%
坂巻・中の湯 4.8%
複数回答。大正池~河童橋の間が非常に多かった。
Ⅱ、自由回答の分析
Q1とQ2の自由回答をカテゴリー化し、回答傾向を以下のように分類した。
大分類 小分類 回答数 構成比 分野別計 分野別構成比
自然 自然保護・維持 451 34.3%
人 264 20.1%
景観 139 10.6%
生態系保護 36 10.4%
静けさ 66 5.0% 606 46.0%
利便性 不足・不満 221 16.8%
不便 66 5.0%
便利 138 10.5%
維持 41 3.1%
不要 3 0.2% 469 35.6%
対応 不足・不満 103 7.8%
要望 26 2.0% 129 9.8%
経済性 不満 64 4.9%
提案 14 1.1% 78 5.9%
1. 大分類 自然について
この分野の回答には、観光客が求める環境と現実とのギャップが現れている。
1) 上高地に望むもの
自然環境 : 雄大な景観、静けさ、清浄な空気、きれいな水・川、動植物
2) 求める景観・環境と現実の景観・環境 (中高年層の回答多し)
① 静けさを阻害するものに対する不快感が強い
② ごみの無い環境を維持する活動についての評価は高いが、隠れたごみや過剰包装に対する意見
が目立った。
③ ゴミ箱の無い環境に不慣れな層が見られる。
④ 観光バス規制、業者の通行マナー等、車に関する要望や批判が多い。
3) 人が多く訪れることによる自然への弊害 (30代以上の回答多し・野生生物などは40代以上)
① 野生動物(猿やカモなど)への対応(餌を与えないなど)
② 観光客のマナー(歩きタバコ、植物を踏んでの撮影、ペットの持ち込み)
2. 大分類 利便性について
この分野では、観光客の質の変化により、求められているものが変わってきている傾向が現れている。若年層・高齢層の増加により平地と同じサービスが必要な層が出てきた。高山エリアから日帰り(スポット観光)で来たお客様は、滞在客と比べて意識が薄い
1) 不足・不満
① 案内板、あと何キロの表示、ルート看板などエリア内の表示に関する不満が多い。
② 上高地エリアを楽しむための情報(気象・交通・周辺観光地等)をもっと提供して欲しい。
③ 高齢者や障害者などの増加により、トイレの整備、数の増加、ベンチの設置(特に明神
池に行く途中)、雨天時の非難休息所に対する要望が目立った。
2) 不便(無いので不快感あり)
① 車椅子、子供連れ、高齢者のためのトイレの設置や歩道の整備。
② バスに関する情報や係員の対応は不快感が多かった。
③ ゴミ箱をもっと設置すべきだ。
3) もっと便利に(不快ではないが、欲しい)
① コンビニ、薬局、ATMといった設備
② 水と触れる施設、ガイド、ネイチャー講座など
③ エリア内交通手段
4) 維持と不要
① 維持:遊歩道の整備など便利で、利用しやすくするための環境整備は今後も行って欲しい。
② 不要:大正池のボート
3. 大分類 人の対応について
この分野では、上高地で、気持ちよく過ごすための対応を求めている。臨機応変な対応が必要。
親切、素朴という回答の一方、偉そう、説明や知識が不十分という意見も多かった。観光客の質
の変化により、さらに詳しい情報影響や細やかで自分の状況に対応したサービスを求める傾向が
強くなっている。
1) 要望(もっと、こうして)
① 笑顔、挨拶、親切が欲しい。
② ゆっくりくつろげる時間のサポートをして欲しい
2) 不足・不満
① 働いている人が、もっと上高地のことを知っていて欲しい。
② 臨機応変な対応をしてほしい。(マニュアル的ではなく)
4. 大分類 経済性について
交通環境の整備により、以前より手軽気軽に訪れることが出来るようになったことで、平地よりも高い値段設定が容認しがたくなっている。
1) 不満
① 物、交通費等の値段が高いと感じる意見が多く見られた。
② 明神池の拝観料や対応に関する厳しい意見が見られた。
2) 環境保護
① 経済性でも、環境保護のために、観光客も不便さを理解し、協力すべきであると考え、入山料や観光税の導入も必要。
5. 分類をせずに、回答数の多い項目ベストテン
1)大自然、雄大な景色を守って欲しい 450人
2)観光バス・乗り物の通行・マナー規制をして欲しい 138人
3)笑顔・親切・挨拶が欲しい 96人
4)入山マナーを守って欲しい 95人
5)ゴミが少ない環境を維持して欲しい 83人
6)案内人・ルート看板の設置・整備・表示の統一 72人
7)観光・交通・気象・周辺情報などの情報が欲しい 69人
8)野生動物保護 サル・カモ・カラスなどへの対策をして 66人
9)開発や工事をしすぎないで欲しい 56人
10)色々な料金が高い 55人
アンケートの分析結果を基に、平成17年春に私たちは次のような目標を立てることにした。
Ⅰ、自然環境について
アンケートの結果をみても、お客様の求める上高地は「雄大な景観・静けさ・清浄な空気・きれいな水・川・動植物」であり、ゴミ・乗り物の騒音・排気ガスに関して不快感を示すものが際立っている。
また、餌やりについては、生態系の保護の点から、お客様も心配している。
1) 河川に堆積、滞留した土石及び、流木の搬出
2) 健全な森林を維持するため、立木密度が高い箇所の間伐
3) ゴミの持ち帰りの徹底
4) 園路内通行車両に対するマナーの向上指導
5) 動物への餌やり禁止の徹底
Ⅱ、利便性
この項目は、情報提供不足による不満が多くあり、上高地エリア内の表示(あと何キロの表示・ルート看板)や、気象・交通・周辺観光などが挙げられる。不足はトイレ・ベンチ・雨天時の非難休息所。
1) 道標・ベンチ・マークの充実(外国語の対応を含め)
2) 車椅子マップの作成
3) 帝国ホテル・大正池バス停整備
4) 上高地共通傘
5) 観光・自然ボランティアガイドの養成
6) インターネットを通しての情報提供(外国語対応を含む)
Ⅲ、人的対応
笑顔、挨拶、親切が欲しいという意見が多く見られ、各施設での努力を行う。
Ⅳ、経済性
高いという不満が多く見られた。そう思われない努力を各施設で行う。
さて、「郷づくりプロジェクト」がスタートして2年が経とうとしているが、目標は、どの程度達成されているのだろうか? そしてお客様に対してのホスピタリティの向上はどうだろう?
まず、自然環境では、度重なる土砂の流出によって梓川の河床が上がり、景観悪化ばかりか、危険性が増えてしまったが、組合や上高地町会からの陳情もあり、平成19年2月から土砂の搬出は行われている。一方、森林の間伐については、まだ手付かずの状態である。
ゴミ持ち帰り運動はもちろんのこと、19年より「歩行喫煙禁止キャンペーン」を行い、松本市制100周年を記念して「上高地クリーンアップ大作戦」と題し、組合員のみでなく、一般のお客様にも清掃活動への参加を募る予定である。
環境省の管理する園路内の車のマナー向上については、残念ながら、色々な納入業者や工事業者の末端までは徹底がされておらず、お客様にご迷惑を掛けることが、まだ見られている。
動物への餌やりについては、環境省等に働きかけ、看板を作ってもらったり、餌をやっている人に声をかけたり、シャトルバス内でのアナウンス等をやったり、必要以上に近づいてくるサルを追い払ったりしているが、餌を貰うことに慣れてしまったカモに、立ち寄りの観光バスのお客様が当然のように与えているし、サルばかりか、最近は、クマまでが昼間、当たり前のように歩道の近くに現れるようになっている。
次に、利便性であるが、環境省の協力で、標識(英語を含む)は、だんだん充実してきているが、他の言語への対応や、標識の統一性は、まだまだである。
ベンチを作りたくても、大雨時、遊歩道の脇の沢からの出水で壊される場合もあるが、場所を検討して進めたいと思っている。
バス停の整備などは、環境省や、森林管理所などの地権者や、松本電鉄と交渉中である。
共通の貸し出し傘は、まだ実現されていないが、どこで借りても、どこに返してもいいようにはなっている。
ガイドについては、特に近年、必要性が増している。既存の公共ボランティアガイドの他に、いくつかの施設では、個別に有料のガイドを持つところが出てきている。お客様から見て、上高地のガイドの窓口は、一つにして、利便性を図り、ガイドのレベルや料金の統一を進めるなど、まだまだ解決すべき課題は多い。
インターネットを通しての情報提供であるが、1998年当時、私が上高地のページを立ち上げ、最初は、予算も無く、一人で運営してきた。現在は3世代目のページとなり、webの有用性が、かなり理解されると共に、予算も付き、コンテンツは若い人たちのアイディアによって運営されている。2007年の4月からは、英語と韓国語、中国語に対応し、よりグローバルなページになる予定である。
次に、人的対応であるが、このプロジェクトがスタートした時点で、ホスピタリティの事を、皆が、あまり理解をしていなかったため、各施設での努力という目標が設定されてしまった。
もちろん、各施設での「おもてなし」が大切であることは言うまでもないが、それだけではなく、お客様に、上高地を旅行先として選んでいただくところから始まり、世界中のすべての人々にとって事前の情報の提供や実際のアクセスのしやすさを創ってゆかなくてはならない。また、国立公園の特別保護地区ではあるが、環境省などの管轄官庁に従うだけではなく、お客様の立場に立った環境作りを提案し、共に進めてゆかなくてはならないと思う。
自分としては、今まで、どちらかというと、縁の下の力持ち的なことを多くやってきたが、そろそろ積極的に、表へ出ても良い頃だと思っている。組合の副組合長として、そして山岳ガイドとして、上高地警備隊の隊長として・・・ 能ある鷹?が爪を隠し続けて終わってしまってはいけないだろう。
今まで養ってきた知識と、ホスピタリティカレッジで学んだ「おもてなしの心」で、現在滞っている事を実行するのみである。根底には、上高地の素晴らしい自然を、お客様に提供して生活の糧を得るだけではなく、自然に畏敬の念を持った住民として、上高地の郷を永く守っていくという気持ちを持ちながら・・・06F002「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F002
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
私たち一人ひとりのホスピタリティマインドをより一層高め、その地域全体に暮らし触れ合う人々との人間関係をより密接により深く密にしていくことが、結果としてホスピタリティ溢れた地域づくりにつながる。
美ヶ原や北アルプス連峰の雄大で荘厳ですらある山並みの下、そこかしらに垣間見える歴史文化の数々等等、せっかくこの信州の豊かな自然環境や文化や歴史が息ずく街並みの中に暮らしているのであるから、もっと私たち自身が私たちの郷土に目を、耳を傾けてより深く郷土の素晴らしさを再認識し、また再発見をして私たち一人ひとりがもっともっとこの郷土を「好き」になり、私たちのホスピタリティマインドとともにこの郷土、信州の素晴らしさを誇れるようになることが目標である。
私を筆頭に、この信州で毎日の生活を送る人々が真にこの信州、松本を理解しつくしているのだろうか?日本の中でも注目され、現在では世界中の人々が街のあちらこちらに見かけられる。が、観光名所や温泉名称、そびえる峰々の名称くらいは耳にしたことがあっても、その地が、信州長野県のどこに位置し、どうやって訪れ、またどのような魅力が有る所なのか、そう問われて、即座に流暢に答えることのできる人々がどれだけいるのだろうか?答えられる人のほうが少ないことは明白であろうと思われる。
恥ずかしながら私自身も勿論その一人である。私の信州、松本に関する知識も乏しく、地名すら曖昧なものである。
飲食業に従事している私は、県外からのお客様とお話させていただく機会が多々あるが、その際の信州松本についての受け答えはとても自信の無いものである。勿論書物や様々な資料を集めて学習、研究し熟知していくことも必要と考えるがなかなか重い腰が上がらないこともまた事実。もう少し横着な方法で、もっと簡単にしかもより興味深くこの信州松本を知る方法が無いものだろうか?
ほぼ毎日のように自動車を利用する私たち、信号や踏み切り、渋滞などこれらの待ち時間は、ともすると時間の無駄遣いのようや気持ちで非常に嫌なものでもある。もしもこの待ち時間に興味深い「看板」が目の前に立っていたら自然に読んでいるに違いない。たとえばその場所から眺められる峰々の名称やその名称の由来、そこでの特産品やその地域の特色などが書かれていると嬉しい。看板とまでいかずとも、標識の脇に特産物などのイラストが描かれているだけでも可愛いと思う。また、歩道橋ももう少し手を加えてその地域の特色などをっ表示してみたらどうだろうか。イラストやシンボルマークのついた歩道橋も無いこともないが、まだまだ少数の気がする。私の住まいは塩尻市ですが、塩尻市の特産物であるブドウが描かれた歩道橋がある、何の変哲もないシンプルな歩道橋よりも温かみがあり大好きである。
また神社の前、入り口あたりには祭事の時期、祭りの由来などが大きくわかりやすく表示されていたら大変ありがたい。
少し視点が変わるが、祭事を含めて信州の年間のイベントなるものの数は、やはり積雪の影響もあろう12月、1月の少ない時期でも60あまり、8月から9月、大地の収穫時期の10月にかけては100を超す祭りやその地区のイベントが目白押しでもある、加えてその地域のそのまた地区内の小さなお祭りまで数えればきりがないほどの数字になるだろう。
地域のより密な理解のためにも、すくなくともその中で自分に密着した祭事やイベント等のより熟知も必要になるだろう。
が、ともあれ、そんな身近にある「表示」があれば、毎日街の中で生活をしているだけであっても自然に地もとの知識が身についていく、また初めて訪れた人々もその看板(標識)によりその街の特色が理解できる、そのような看板(標識)が、街の景観や風情を妨げない程度に数多く存在したらよいと思うのである。
地もとの知識をひとまず得ることができたら、次は直にその素晴らしさを実感しなければならない。しかしながら、この信州で生まれ育った私たちはそれが、いかに他県の人々が羨むほどの恵まれた自然環境であるか、その恵まれた環境があたりまえであり、かえってその素晴らしさの実感が薄く忘れがちでもある。
他県から信州に移り住んだ方々や、仕事の転勤等で松本に住み始めた方々とお話をしたときのことを思い返してみると、皆さん一様に信州の自然に感動し大きな関心もお持ちだった、なかには観光名所をほぼ行き尽し、その中でも特にお気に入りの夜景スポットや、ドライブコースなどを、それはそれは楽しそうにお話してくださった方も。市内を巡るタウンバスも利用されて私たち地もとの住民よりもよほどこの信州松本に詳しいのではと驚きもした。驚かされると同時に恥ずかしさと同時に、日ごろからこの私たちを大きく取り巻く信州の自然にもっと関心や興味を持って、その恵みに感謝するべきだと反省させられた。
が、いくらその緑豊かな自然環境のなかにいても、それに感じ入る心が鈍感であってはその素晴らしさは感じられないし、またそのよさそのものは理解できない。
自然が与えてくれる四季に気を配り、寒い、暑い、涼しいといっただけの感じ方以上の、「感じる力」を身に付けなければならない。
必要なのは私たち一人ひとりが「感性」を磨かなければ!
感性を磨くには一体どうしたらいいのだろうか?
ある書物では「感性」をいくつかの項目に分けている。
気づきの感性、心配りの感性、理知的な感性、思いやりの感性とある、そのどれもがホスピタリティにとって重要であるし、そのどれかが欠けてもそれは本当の意味でのホスピタリティとは言えない。
個人個人の好きなこと、趣味を深めることはこれにつながるのではないだろうか、私は自他共に認める大の映画ファンである。どんなジャンルのものでも端から鑑賞する、アクション映画も好きだがヒューマンドラマ系のストーリーも大好きである、そこに登場する人物たちの様々な生き様、胸の奥にしまっている様々な思いや発する心の中からの言葉、その登場人物を取り巻く人々のかかわり方やそのバックに存在するその人々の人生や情景、そして胸にしみるサウンドさえも、私自身を励まし、時に叱咤し、そのスケールの大きさに、自分自身が抱える迷いや悩みがほんの一握りの小ささに感じられたり、また逆に夢を抱かせたりもしてくれる。感動に涙し、異国の町を旅しているような気分にさせてくれたりとおよそ2時間の枠の中ですら様々な思いがこみ上げて一杯になる。
映画鑑賞は私の癒しの時間でもあり、またそれ以上に私の「感性」を磨いてくれるであろう貴重な時間と言える。
現代には、それこそ様々な趣味が存在しているであろうが、自分の趣味に関してはそれぞれがより深い知識を持ち合わせているものである。その趣味により持ち合わせた専門性を「地域づくり」に役立てたらどうだろう。こだわりを持ったからこそ得られた知識や技術、お得な情報が各自あるだろうと考える、まずはそれを各自、公表して見ることはどうだろうか?
少々大袈裟ではあるが「○○博士」などの称号を付けて、遊び心を踏まえて公表する。誰でも何かしらの博士の称号が付けられるはず。「地もとの酒博士」「園芸博士」食事どころ博士」「野鳥博士」などなど。地元ならではの一風変わったものも挙がってくるかもしれない。そしてこれらを定期的にチラシなどにし配布する、そうすることによって今まで知らなかったり気が付かなかった街の楽しみ方を得ることができたりヒトの感性に触れることができるはず、また好奇心や共感からコミュニケーションを図ることができるかもしれない。
かなりの学術的な知識や技術、経験のある方は、かや店、会社の前に「松本案内人」の旗を掲げる、これを目にした旅人が困ったら聞きに入れるように。
県外の方々との交流も方法を考えてみた。
県外の方の体験旅行を各家庭や、各会社単位で受け入れる、ホームステイの街づくり編とでも言えばいいにだろうか、大規模な企画であれば受け入れ等で敬遠されてしまう問題も生じやすいので、一人二人の少人数であれば何とかなるのではなかろうか?
宿泊先は予め登録された地元の民宿や旅館を利用してもらうなどが良いだろう。そして信州の四季や風土、習慣などを、この恵まれた自然の下で実体験していただく。時には働き手として田植えや稲刈り、農産物の手入れや収穫、前述した県内の様々な祭事のお手伝いなどを体験していただこう。この機会をとおして、受け入れる私たちは、その体験していただくことによってより信州の素晴らしさを理解していただけるようより親身に、その方々の気持ちになってこの信州の素晴らしさを伝えようとするであろうし、地域や世代を超えたお付き合いが生まれるであろう。そしてその結果として「ホスピタリティマインド」が自ずから養成されていくことにつながる。
まとめ
ホスピタリティ溢れる地域づくりに必要不可欠なことは、まずその地で暮らす私たち一人ひとりのホスピタリティマインドをより深くより高めていくことである。そのためには様々な事柄様様な事象、そしてさまざまな人々の想いに決して鈍感であってはならない。常に「感じる心」を持つようにする。感性を磨き心を豊かにするための心がけが大事である。
一人ひとりがより魅力的であれば、その一人ひとりのいくつもの人間関係の連鎖で成り立つ地域も当然魅力的な地域であるはず。互いに程良い刺激を受けあいコミュニケーションを図ることを重視し、各人の人生、暮す街、信州に本当の誇りを持つことができれば、必ずやその地を訪れた人々は「ホスピタリティ溢れる地域」と感じていただける。
その第一歩として、この街の中で各人心豊かな魅力のあるヒトを目指してできることから始めよう!05S055「信州における観光のあり方をどのように考えるべきか」
【受講番号】 05S055
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「信州における観光のあり方をどのように考えるべきか」
この恵まれた地に暮らす私達が、いかにこの地を知っているか、好ましいと思っているか、幸せだと感じているか、ここにも大きな道標があると考えます。
私達が当然のように親しんでいる、景観・空気・水・施設etc… 外から訪れた人々に感動を与える様々なアイテムを、宝と感じず、存在さえも意識せず、あたりまえに流してしまっている人達の意識が変わることにより、地域で観光に携わる職業人が、感じている危機感の一部を取り除けるのではないかと私は考えます。
小学校の頃経験する社会科見学・遠足・課外学習…子供達はこれから訪れる場所の歴史や役割を事前に学び、その場に行って確認します。素直に受け入れ吸収し、地域の宝を知るのです。しかしながら成長をおうごとに、そういった意識付けがされることは少なく、また近くをわざわざ訪れるという機会を設けることは無くなっていきます。その結果少なくとも私の周囲にいる多くの人は、観光地や施設を観光客の為のものであり、足を運ぶことなく過ごしているのです。本当に残念です。 信州をブランドと言葉で表すのは簡単です。それだけの価値あるアイテムはいっぱいあります。しかしそれが街全体で意識されなければ、大きな力にはなりえず、人の集まり潤う街にはなって行きません。自分の街を知り、触れ合うことを信州人がしなくてはと期待してなりません。
さて、残念がってばかりはいられないので、ここで、自分が期待する結果を得るために考えた幾つかの提案や希望、自分が出来そうな行動を記します。現在、我が家には小学校三年生の娘がおり、松本市内の小学生に配布された《博物館パスポート》教育委員会から頂いた素敵なプレゼントとして活用させていただいています。このような試みを、もっと県内に大きく広げていただくことを働きかけ、身近にある信州らしさを家族で感じることが出来れば嬉しいです。学校の授業でも、日本・世界を学ぶと同時に、地域をもっと知る機会を自然に取り込んでほしいものです。私の育った安曇野の学校では、先生が山の名前を教えてくれました。季節の山の色・稜線を眺めながらクラスみんなが北アルプスの端までの名を唱えたものです。記憶はずいぶん曖昧になりましたが、楽しい思い出です。
大枚をはたかなくても、身近で新たな発見をし、心が潤う。信州はそんな優しい街です。外から訪れる観光客が素晴らしいと認めるこの山並・アイテムを、自分達の宝であると自信を持ってみんなが答えられれば、信州はもっとブランド化するのではないでしょうか。ホスピタリィティーマインドを持って観光客をもてなすには、自分達が親しみを感じ、楽しみ、愛着を持つこと。そして情報を伝え広げること。自分が出来る小さなことをひとつひとつ実行しもっともっと街が元気になることを願います。
次に、観光のあり方とは若干離れますが、地域密着サービスという観点から一言付け足します。地域の顧客を動かすための戦略として、地域住民へのサービスという言葉を耳にします。ここでは、浅間温泉の地元プランを取り上げてみます。
安価な提供、充実した内容。顧客の満足は優であるが故にその企画自体のリピーターは確保されている企画を眼にするし、実際参加もします。しかしながら、そのイベント以外での施設利用については割高感を否めないのはなぜでしょう。そこに付随する付加価値の実感がないためでしょうか。決して安価を売りにするのではなく、適正価格の中にある満足をもっと大事にしてほしいなと思うのが実感です。このことに関しては、利用者としての意見、感想をバックしていこうと考えます。行った(提供した・利用した)という行動から一歩進んだ次のステップを、利用者・提供者で共有していくべきです。そこから外から訪れる観光客への対応へのヒントが出てくることでしょう。地元の利用者が支える、よりお客を呼ぶ力添えをする。参加して地元を元気にする力となる。自分の意見や行動が形となって表れ、他者へ満足を与える。街全体が他人事でなく自分自身のことに変わります。その代価として安価なサービスを得る。こんな関係がもてれば、観光のあり方にも変化が訪れるのではないかと思います。
結びに、恵まれた出会いと経験から、いまの自分があることに感謝し、観光都市の一地域住民として出来ることを実行していこうと誓う2006年です。母として、松本市内に関わる一企業人として、これからも街づくり参加できれば幸せです。06F011「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F011
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
卒業論文としてこのテーマを与えられたが、このテーマについて考えるのに二つのことにまず突き当たる。まずはこの講座名にもあるホスピタリティという定義がまだ私の中でしっかり把握出来ているかという不安、それと移り住んで1年以上は経つのだけれど地域づくりを具体的に論議出来るほど熟知していない、問題点が分からないと何をしないといけないのか、何が出来るのかがたとえ出しても的外れになってしまいそうな気がする。なので、内容については一般論になってしまうかもしれないが、私なりにこのテーマで書き進めたいと思う。
ここでホスピタリティ溢れる地域の定義は、私の解釈として住民、旅行者共に魅力に溢れ、住み易く、どんな人にも優しく癒される、拓かれた地域であることと定義したい。地域づくりについては地域住民が協力して出来ることも多いが、行政が関わらないと解決出来ない問題が多々あると思う。が、何が出来るか?なので、地域住民サイドで何が出来るか、何をすべきかについて考えてみたいと思う。
ホスピタリティ溢れる地域づくりについて考えてみたいがその前に私はかつて松本市街地に居住していた時に松本青年会議所(JC)が地域女性に呼びかけて作った「松本の町づくりを考える女の101人会議」に所属して活動してきた経験について書いてみたい。「松本の町づくりを考える女の101人会議」の主な活動は、住み良い松本を作るため、まず松本の良いところや問題点を見つけるためにテーマを決めて「まちなかウォッチング」をし、その成果を発表し、行政などに提案し、改善されたことがたくさんある。例を挙げると、駅前から蟻ケ崎に向かう道に会社の真っ赤な背の高い看板と多数の映画ポスターが貼ってあるところがあり、スーパーの案内板は隠れ見苦しかった所を「最優秀醜観賞」と発表したことで、業者がその看板を下ろし、映画のポスターは外され替わりに分かりやすい道路の案内標識が設置された。又、以前は銀行など金融業の看板の多くは赤と白であったのを、多くが松本のイメージに合う青と白に変えたということである。
「湧き水MAP」なるものを十年近く前に作成している。「松本を楽しむ本」の発行関係者の1人がJC関係者ですので本の中の「市街地湧き水巡り」はそのMAPが元になっているのではないかと思う。
又、当時移動手段に自転車を使っていた私は自転車のカゴに入れたパックの卵が歩道の段差で割れ困っていたが、段差のない安全な歩道を、という視点でウォッチングし、これも危険箇所をMAPにして数箇所の会場で発表。これにより車イスや乳母車にも段差の少ない優しい町になった。
ウォッチングするのにビニール袋を持ってゴミ拾いしながらとか、早朝にウォッチングして、終点はホテルで食事をしながら報告書の作成というお楽しみもあった。
市民会館の建て替えについて関係委員の議員を招いて説明を聞いたり、建設途中の焼却施設、ラーラ松本の見学など活動は多岐に亘っている。
現在はアレチウリの抜き取りなどを市民運動の形で行っているようである。そこには市民の主導での町づくりを目指している現市長の菅谷市長の意向も大きく関わっているようである。
このように問題点を発見するには良いところも悪いところも含めて地域を知ること、見て周ることが最も必要なことだと思う。このようにウォッチングをしてまとめ、発表することで行政を動かし、直せるところから直してもらう、世論で動かす、市民運動の形で改善を図る、そのためにマスコミを利用して発表の場を設けてもらう、など。
活動をやり易くするには組織を作って行うのが、最適だと思う。
ただ、私が「松本の町づくりを考える女の101人会議」に在籍していた時に議長だった方のお宅の隣がくず鉄業で(正式名称が思い出せないのでこの名称で失礼します)敷地にかなりの量の古い冷蔵庫や洗濯機などの家電や壊れた自転車、バイクといったくず鉄が大量に山積みされ、このゴミ(?)の山に不法投棄も加わって悪臭や景観などに悩まされて市に相談に行ったりしたが、個人の敷地であること、他人がゴミと言っても本人が、自分の財産と主張すれば行政も撤去などは出来ない現実に、いろいろな土地でゴミ問題が報道されているが、なかなか簡単に解決出来ない理由がここにある。
今回平成の大合併ということで、四賀村、梓川村、奈川村、安曇村が加わり、これから新松本市をどのようにアピールしていくのかは、地域住民が自分達の地域を改めて外部目線でウォッチングし、良いところ、問題点などピックアップし、改善してゆくことが大切だと思う。
ハードでもソフトでも良いが、地域の良い所、自慢出来るところ、の扱いが弱いのではないかと思う。というか私を含め自分達が自分達の良いところ自慢出来るところをわかってない気がする。まずそこを自分たちが知り、それをより多くの人々に知ってもらう努力をすることだと思う。その手段の一つとして「松本を楽しむ本」の発行はとても良かった。これで全てが網羅されているわけではないが、きっかけにはなったと思う。松本と松本周辺の売りは美しい自然と歴史的建築物がメインであると思う。観光という視点からいえば少なくとも新しい箱物は松本の売り物にはならないと思うし、売り物にすべきで無いと思う。
特に松本の美しい自然を壊さない努力、維持する施策は必要である。日本の誇るべき「フジヤマ」がゴミのために世界遺産に登録出来ないというのは悲しい。「美しい国ニッポン」は松本から、というぐらいの気持ちでいたい。
身近な話では、私は昨年新規就農したが、私の農園のブルーベリー畑を入り口から見るとその背景は道の反対側にあるこの土地独特の建築様式の大屋根の近所の家が見えるのだが、その家と手入れが行き届いている庭木が美しくブルーベーリー畑をより引き立てる。だからブルーベリー畑が草ボウボウだと恥ずかしいと思う。
安曇野は日本アルプスと田園風景が売り物の一つであるからそこに荒廃地があってほしくない。田んぼや畑の一枚一枚、家の一軒一軒がその風景を作っているという気持ちでいることが必要である。私自身、自然農法といえども畑を見苦しくないよう草は抑える。家周りはキレイにするということを心がけたい。農家の方は芸術家だと思うほど畑などのトラクターのかけ方一つでも美しい。みっともないことをすごく気にする。新米の堕農は見習いたい。
地方都市ではあるが、信州、松本、安曇野という響きには田舎の気の良い純朴な人々をイメージさせる。そんな旅行者のイメージを壊さない優しい対応が必要だと思う。私が借りている通称「下の畑」の50mほど西にアイリス園(季節により花が変わるが)がある。シーズン中の土日に畑にいると必ず2~3台の車が止まりアイリス園の場所を聞いてくる。仕事は中断させられ、私にとって迷惑この上ないが、手を止めて親切に教えてあげる。私の対応一つで梓川地域のイメージが悪くなったら困る。「休日には行ってみたい場所」を松本に一つでも多く増やしてもらうことは必要である。そのアイリス園の200mほど先にはブルーベリー畑をはじめとする私の「上の畑」がある。ブルーベリーはまだ2年目なので、大量の収穫は未だであるが、3年目から本格的な収穫が見込める。
松本の「休日には行ってみたい場所」の一つに私の「あずみのベリー自然農園」が加わることを今から企んでいる。そのためのわが農園の目玉を模索中である。一つは勿論無農薬栽培の「ブルーベリー」。他に候補になりそうなのは果物類でいえば収穫はまだ先だが5種類ある桑の実、ダイエット効果もあるという「シーベリー」ナッツの中で一番好きな「クルミ」、将来的にはイチゴも加えたい。
野菜類では春真っ先に収穫出来る秋播きの赤花絹莢と寒冷紗無しで露地で冬を越したホウレンソウ、白とエンジ色の斑が珍しい「花嫁小豆」、自根栽培なので皮が薄くて瑞々しいキュウリと珍しい種類も豊富なトマト等であろうか。観光農園とするなら採ってそのまま生で食べられるものが好まれると思う。そんな自慢の果物や野菜だが誰も知らなければ買いにも見にも来て貰えない。先のアイリス園もラジオ局のリポーターが取材に来たり、市民タイムスやタウン紙に掲載を何回もされたことによりお客が集まるようになった。「ここにこんなステキな場所がありますよ。この時期に行くとこんな光景が見られますよ、ちょっと普通では買えないこんなものが売っています。こんな体験が出来ます」ということを1人でも多くの人に伝えて知ってもらうことが必要になる。又、差別化が必要である。アイリス園の周りのほとんどはりんご畑であり、私は梓川のリンゴは長野県で一番おいしいと思っているが、知名度の出たアイリス園の面積を回りの畑をアイリス園にすることで、広さやアイリスの種類が県内一であったり日本一であれば更に話題となり知名度が上がり集客が計れるという手法もある。近隣農家の協力と資金が必要になるが。
差別化については我「ベリー自然農園」の果物や野菜とスーパーのそれとでは、スーパーの野菜の方が手軽で安いかもしれない。でも、わざわざ行ってでも買う価値のある果物です野菜です、新鮮だし、無農薬だし、こことここが違うんですと、こだわりを伝えたい。以前買ったマーケティング関連の本の中に「売ることは教えることである」「商品とは、思いをつたえること」という言葉があったが、商品のこだわりについて教えることで、興味を持ってもらえると思う。
又、合併した四賀村は「有機の里」という看板を掲げ、クラインガルテンを建設し、有機農業を推進してきた。同じ松本になった今、有機農家が手を組めばそれは大きな波になり強力な体制を築ける可能性がある。
それと今のお年寄りが元気なうちに一昔前のこの地域の食文化とそれを支えた野菜達について聞きたい。そしてその食文化の再現も差別化になると思うので。そんなことを教えてもらえそうなお年寄りの知合いがいないのが今の課題だが、近いうちにそんな出会いがあると信じている。
「上の畑」は美ヶ原をはじめとする東方の山あいが見渡せる美しい畑です。来た人がその景色に癒され、食べて幸せになってもらえるような果物や野菜が作られるように技術を磨くことが私の今一番の課題だと肝に銘じている。06F020「氏神様の獅子舞にかかわって五十年」
【受講番号】 06F020
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「氏神様の獅子舞にかかわって五十年」
<はじめに>
松本平の西山に金松寺があり、その麓に金松寺のある大久保集落が、私の住んでいるところであるここに住む約350人の氏神様は、集落から北に向かって2キロ行った所にある大宮熱田神社である。毎年4月28日宵祭り、29日の本祭りに、民俗芸能の獅子舞を奉納している。大宮熱田神社のお祭りは、大久保、丸田、北々条、南北条、上立田、下立田の6集落の氏神様である。宵祭りに5つの集落の獅子舞と29日の本祭りに1つの集落の獅子舞が行われている。
<獅子舞にかかわる組織「若連」について>
6集落の若連は中学を卒業した、16歳から30歳までの男子で組織されている。
私の入った頃は各戸の長男のみでしたが、少子化現象等のため対象年齢の男子全員で組織している。各人はそれぞれ獅子舞の役、頭、後かぶり、座元、笛、奴、ブテン(山車)の笛、太鼓指導などに配置され、退団するまで現役や、後輩への指導に当たるものである。以前は祖父、親の役を引き継ぐ世襲的な方法でしたが、現在は希望によって決められている。練習は、4月に入れば集会があり、宵祭前日まで練習している。特に獅子頭、座元、笛役は、16歳から29歳まで練習し、若長(じゃくちょう)30歳の年に始めて大宮の神楽殿にて披露していたが、げんじはそれぞれの役持ちの方がいないので、練習も、獅子舞の様子も大きく変わって先が想いやまれる状況である。各戸には対象の若者がいるのだが、なぜか練習には集まらず、宵祭りの当日だけ若連が揃いお祭りがどうにか出来ている。
私は退団する年になっても獅子舞の出来る方が無かったために、40歳過ぎても現役でした。今は自分の息子と獅子の幕の中でケンカしながら指導に当たっているが、思いのままにならず、毎年不満のまま過ぎている。
<大宮熱田神社のお祭りについて>
大宮熱田神社は、氏子の方は昔も大宮神社というが、正式には大宮熱田神社と記され、名古屋(尾張)の熱田神社の分霊が祀られているということである。
宵祭りの始まりは、各集落で獅子舞を披露し、午後8時に各集落の名前を書いた通灯を先頭に、櫓と呼ばれる丸一の紋を染めた紫の幕を巻いた長持ちの上に社殿型の屋根をした祠を載せて皇大神宮の灯炉を付け、横太鼓と小太鼓、鉦の付いた櫓がつづき、その後ろにブテン(山車)と共に出発し、ブテンには、1年生から6年生までの太鼓叩きの子ども6人が乗って、太鼓を打ち続けて進んでいる。ブテンの道順で、集落の辻ごとで提灯を持った氏子が長方形に座り、「まず今晩はおめでとう。先例により、お先ごめん。お通りください。」と挨拶し、午後9時に、大宮神社前辻にて6集落のお揃いの挨拶を済ませ、順番に大久保と丸田、上立田と下立田、交替で、両北条も交替で、最後に神社の拝殿まで100メートルの距離を何回か櫓(神輿)を練りつつ、休みながら1時間かけて、拝殿前で集落毎に宮司のお祓いを受け、獅子舞の順番がくるまで焚き木で暖を取ったり、お神酒を飲んで待っている。
獅子舞は、昭和30年頃は順番が決まっていたが、昭和60年頃から改正があり最初の1組が獅子舞の奉納が神楽殿で舞い、つづいて残りの集落の獅子舞が、神楽殿や拝殿前、広場において一斉に奉納するようになった。宵祭は、北条のいずれかの集落と大久保、丸田、上立田、下立田の5集落が1つずつ繰り上がって奉納し、午後12時頃大宮から帰りの途に着く。各集落に帰るには午前1時頃になる。
翌日の本祭りは、神主、六つの集落の氏子総代、稚児の神事のあと、北々条と南北条のうち昨夜の宵祭りで獅子舞の奉納をしなかったいずれかの集落が、神楽殿と神社手前の三つ辻で獅子舞の奉納をし、各集落から四人の稚児が宵祭りと本祭りに浦安の舞を奉納する。
<獅子舞の様子について>
獅子舞の始まる前に、獅子舞用の笛と、櫓に横長の太鼓と小太鼓の組み合わせ「やぐら」の太鼓を叩きながら、前座奴という踊り子3人が、正三角形の位置で5分くらい、豆絞りの手ぬぐいを両手で上げ下げして振り、足は交互に高く跳ね上げ、妙な踊りである。
獅子舞は、雄獅子「大久保、北々条、南北条」、雌獅子「丸田、上立田、下立田」があり、いずれも頭担当と後かぶり担当二人立ちで、後かぶりは2本の竹さおでお獅子の幕を張りお獅子がいかにも生きているかのように、観客に見せるために幕を張ったり、暖めたりで腕の動かし方の技法が大事である。座元の太鼓と唄・獅子舞の笛・獅子舞が三位一体となって20分から30分舞う。
獅子舞は、四方舞と鈴舞、舞い込みの3つの舞がありいづれも獅子頭を頭に乗せ、紐で頭の後ろ首にあてがい、最初の四方舞は膝を中腰になるよう折り曲げ、両手は常に肩の位置くらいまで上げ、前幕を巻いたり、払ったりで四方で舞う。鈴舞は、お獅子の幕を首のところでねじり、左手に幤束、右手に鈴を持ち交互に振りながら座元の太鼓と神楽唄、神楽笛に合わせ舞う。後かぶりは竹さおをはずし、ねじった幕を首にかけ両手で支え獅子頭のすぐ後をついて歩く。また、中奴といってお面(ひょっとこ面)をつけ、左手にねじり棒、右手にささらを持ち両手でこすり音を出し踊りながら、獅子をあしらう。舞い込みの舞(のみとりの舞、怒りの舞ともいう)は、今までの獅子の動きとちがって、獅子頭を両手でもち、獅子の耳を立て、胸、股下、肩、また床などの、のみを追い回すような激しい動作の舞となり、神楽殿の獅子を見守る提灯を持った、氏子の周りを一周して獅子舞が終了する。
<まとめ>
「民族芸能は、ふるさとの素晴らしい文化遺産」といわれている、「獅子舞は、大きな幕を広げた獅子の霊力によって悪魔を祓い、幕をしぼって幤束や鈴を採って、神々に五穀豊穰や地域の繁栄・家内安全を祈り、豊作に感謝する人々の驚い祈りの心がある」という文献をこの頃拝読し悟ることができました。地域の氏神様の獅子舞は、三重県桑名市大夫町と尾張熱田を根拠地とする二つの集団があるという。私たちの氏神様は、熱田系かち思う。尾張の熱田神宮の布教を行う神人たちが、獅子舞を悪魔祓いの神舞として大神楽・神楽獅子を演じ、獅子の曲芸や獅子芝居の余興なども派生して娯楽的要素が加わっているという。また、この太神楽は、徳川家の江戸入府に伴って江戸に進出し、丸一の屋号等で親しまれ、江戸に本拠を移して江戸太神楽と呼ばれている。熱田系の江戸太神楽は、寛文4年(1664)1月に熱田大宮司の許可を得て、三代鹿左衛門が江戸に出て獅子舞を演じたと伝えられている。この江戸太神楽には、十二組があって享保年間(1716~1736)に組合を組織し、支配頭を鏡味権之助がつとめ、丸に一の染め抜きを紋所としたので、俗に丸一神楽と呼ばれて各地に波及したのではないかと聞く。県下には、伊勢系や熱田系の大神楽が広く分布していると聞く。
(長野県民族芸能より)
私は、中学校卒業から、ごく自然にこの獅子舞にかかわってきたが、時代の流れによって人々の地域における伝統的行事に対する義務的な考えは薄れて、長年続いていた行事が、無くなるのではないか、一個人として心配している。特に昨年8月からこの観光ホスピタリティの講義を聴いて、身近な課題として考えてみた。『ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか』というテーマをいただきましたが、私がいまさらとか、他にも先輩諸氏が一杯いるとか、年甲斐も無く等常に考えているも、つい、出かけて手を出し、口を出してしまう。すでに、子どもも30歳を超えようとしているから、出来るだけ、離れて地域を見ていきたいのが現在の心境である。06F021 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【受講番号】 06F021
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
はじめに、ホスピタリティ溢れる地域づくりに大切なことは2つある。1つは「人」であり、もう一つは「工夫」である。
今回、14講義受けて共通していることがあると気づいた。それは人とのふれあいだ。観光の施設やお宿がどんなによくても、そこで接した人から悪い印象を受けてしまったら、せっかくの旅行も台無しになってしまう。自分も同じような経験がある。家族旅行で泊まってお宿は、特に言うこともなく満足していたが仲居さんと話したことによって印象が悪くなってしまった。その時たまたま地元のお祭りがあったようで、どんなお祭りか聞いてみると、自分は県外から来て働いているためここの行事はあまり詳しくないと言われた。せっかく旅行先のことを地元の人に聞いて、ガイドブックには載っていないことを知って新たに発見できると期待していたため、この仲居さんとのやりとりにはがっかりした。お宿に関してだけではないが、受け入れる側も努力は必要だ。いくら食事が美味しくてもお店の人の対応が悪ければ、もう二度とこないということもある。さらにその地域のイメージも悪くなってしまうということも有り得る。悪い点だけあげてが、やはり人とのふれあいは一番大切だ。
そしてもう一つ「工夫」について感じることがある。私が観光案内の仕事をしていてお客様からたまたま言われることがある。それは、「道案内の看板が少ない」、「タウンスニーカーのバス停を教えてもらっても標式にローマ字が書いていないため外国人にはわかりづらい」など看板に対する指摘である。第7講の講義の中で高山市を例にあげているが、例えば高山市の場合、2方向から来たときにどちらから来てもわかるように2つの看板が設けられ、ローマ字でも書いてある。その上、プラスチックやスチームを使わず、木の看板を使って風情を出すという工夫までされている。このような細かい所まで気遣いが感じられる工夫も必要なのかもしれない。
しかし、松本市内もわかりやすく表示したり工夫もしている。例えば、駐車場の空き状況の電光掲示板や、松本駅から松本城まで行く道までシナノ木が植えられているため、シナノ木を辿って行くと松本城に着くという工夫がされている。他にも、浅間温泉や美ヶ原温泉や高原に行く途中に細く道路標式がある。
確かに、案内板が多ければ旅行者にわかりやすく迷うことは少なくなるはずだ。だがその反面、景観の問題も出てくるし、整備すると昔の松本のほうが良かったと言うお客様もいる。それぞれ、感じ方が違うと意見も異なってくるためどちらが良いかは、すぐに答えを出せない難しさがある。そういった課題の中で、看板ではないがバリアフリーに関するパンフレットがあればいいということを強く感じる。特に仕事で観光案内をしていると、「車椅子でも入れる食事処やトイレはどこにあるか?」と聞かれることがあり、自分も勉強不足でしっかり把握していなかったため、松本市内マップに対応しているお店など印がついていれば、わかりやすく便利なはずだ。県外のパンフレットで、対応しているものを見たことがあるが、一目で車椅子が入れるお店やお手洗いに印がついていて、とてもわかりやすかった。こんなパンフレットがあれば、お客様も探したり迷うこともなくゆっくり散策できるはずだ。今のところ、そういったものがないため、自分が出掛けた時に気にかけている。デパートはほとんど設備が整っている。しかしまだ食事処で把握できていない所が多くあるため、これからも気にかけスムーズに案内できたり、自分でマップに書き込んでせめて駅や松本城周辺をご案内できるようになりたい。あとは、電話で問い合わせたり、知っている人から話を聞いて情報を集めたいと考えている。
良いおもてなしをするために、まずは「笑顔」を常に心掛け旅行に来たお客様を家族のように温かく迎えることが大事である。そして松本のよさを知って楽しんで、心に残る思い出を作っていただければ、迎える側も迎えられる側も満足だろう。
旅行者を温かく受け入れようとする人が多いことを知った。なぜかというと、松本検定を申し込みに来る方達が「観光客に聞かれたときにすぐ答えてあげたい。それに観光客より地元のことを知らなきゃ恥ずかしいから。」とよく言っていた。このことを言う人達がもの凄く多くて驚いたが、同じ気持ちの人がこんなにいることを知ってとても嬉しかった。市民の方の声を直接聞ける機会は、あまりないため今回はとても良い機会だった。地元のことを知ろうとする努力、旅行者を受け入れようとする心構えは素晴らしいことだ。よく旅行に来るお客様から「松本は良い街ですね。」「お花がたくさん植えてあって、街にゴミもないし綺麗ですね。」と良く言われる。普段あまり気にしていないが、言われてみると歩道は完璧とまではいかないがいつも綺麗で、道沿いに花が植えてあるせいか、歩いているとなんとなく和む気がする。街を綺麗にしたり花を植えたり、市民の方の受け入れようとする心構えが旅行者に「松本」を良い印象に感じさせるのかもしれない。
攻めて見つめ直してみると「松本」はホスピタリティ溢れる街になっているように感じる。足りない点はまだまだたくさんあるかもしれないが、良くしようとする心構えを持ち考えて、努力し続ければもっと良い街になるだろう。地域がさらに密着し、色々な情報交換が出来れば足りない部分も補えるだろう。
ホスピタリティカレッジの終講式のときに、講師の方が、「松本駅の構内で腕章をつけて美味しいおそば屋さんなど案内できればいい街になる。」または「外国人の方が行き方がわからなければ、行き方を教えてあげる。」というようなおもてなしの提案を聞いて、それはいいかもしれないと共感した。やはり旅行に来て松本なら美味しいおそばや馬刺しを食べて帰りたいと言う人が多い。そうすると、ガイドブックも参考になるが一番は、地元の人に直接聞くことだ。例えば、おそば屋さんを聞かれた時は好みがあるため、麺の太さやつゆの濃さなど聞いて答えるようにしている。そして、松本城のほかに見所はどこかと聞かれることが多いが、私はやはりガイドブックには載っていない所を見つけ新たな発見をして松本を楽しんでいただきたい。お城以外にもたくさん良い所がある。合併したことにより観光地は増え、ますます魅力的な所になった。そのため、自分も知らないことが多いため聞いたり、自分の足で直接行って見て感じてそれをそのままお客様に伝え、お客様も実際に見たり聞いたりして感動していただきたい。心に残る思い出を作っていただけるように、努力し続けていくことが大切だ。
ホスピタリティ溢れる地域づくりのために努力することはたくさんある。知識を増やしきちんと質問に答えることも大切だが、笑顔で気持ちを込めて対応することが、おもてなしの第一歩だ。あとは、自分に何が出来るか考え、工夫すること。この「人」と「工夫」は大切にしていきたい。06F034「ホスピタリティあふれる地域づくりのために何ができるか」
【受講番号】 06F034
【 テ ー マ 】 「ホスピタリティ溢れる地域づくりのために何が出来るか」
【 タイトル 】 「ホスピタリティあふれる地域づくりのために何ができるか」
ホスピタリティあふれる地域づくりのために何ができるか、これが今回与えられたテーマです。私は、その答えの一つとして、一人一人が思いやりの心を持つことを心掛けることが挙げられると思います。これは、ホスピタリティあふれる地域づくりを行っていく上ではもちろん、何を行う上でも必要不可欠な基本であると思います。ですが、それが、なかなかできていないことが、多いのではないでしょうか。
「思いやり」と一口に言ってしまうと、とても抽象的です。では、それは、具体的に言うとどういうことなのでしょうか。私は、それは、大きく分けて、二つあると思います。まず一つ目は、「相手の立場で物事を考えること」、そして、二つ目は、「心のこもった対応を心掛けること」です。これらは、とても基本的なことでありますが、なかなかこのような基本的なことこそ、持続させることが難しく、できていないことがあるように思えます。
私は、温泉が好きで、年に一、二回は友人や家族と共に温泉旅行へ出掛けます。
これから、これまで旅行をしてきた中で、心に残った体験を例に挙げながら、今回のテーマである、「ホスピタリティあふれる地域づくりのために何ができるか」につながる答えを、私自信の考えでまとめたいと思います。
まずは、おととし、学生時代の友人と、長野市のとある旅館へ宿泊をした時のことです。私達は、その宿に一泊しました。そして、その宿に、私のネックレスを忘れてきてしまったのです。自分自身それには気が付きませんでした。私の気付く前に、その宿のスタッフから、家にネックレスが届いたのです。驚きました。確か、その宿に着いた時に、自分の連絡先を書くノートがあり、記入したのを思い出しました。宿の方が、それに気付き、私の家へ送ってくれたのです。そして、私がうれしかったのは、その封筒に、宿の方からの手紙が同封してあったことでした。その内容は、まずは、宿泊したことについてのお礼そして、ネックレスを見つけた経過、そして是非、またお越し下さいとのことが書かれてありました。その手紙は、二枚に渡っていました。私は、それを読んだ時、「ここまで親切な対応をしてくれる宿もあるんだな、親切だな。」と素直にうれしく感じました。その宿自体、大正時代を思わせるような、古めかしい感じで、部屋にカギもかけられず、悪く言うと、少々陰気な宿でした。しかし、そのおもてなしを受けてから、その宿のイメージは、逆に情緒と郷を感じさせてくれるようなイメージに変わってきました。
私だったら、手紙は付けずに、ネックレスだけ送り、相手に電話で一言告げるという対応を取ってしまうかもな。と思いました。
確かに、電話で一言告げ、ものを送るという処置でも悪くはないでしょう。それで気分を害した、と憤概するひとなどいないでしょう。ですが、私はそこであることに気が付きました。それは、手紙ならば、相手に、踏み入ることなく、一方的な思いやりだけで済ますことができる、ということです。それは、一人にしておいて欲しい人をそっとしておいてあげる行為とよく似ていると思います。電話の場合、相手によっては、患しいものであるかもしれません。人それぞれの価値感やニーズは異なりますが、相手の時間に下手に踏み入れることなく対応する、というのは、思いやりを持った処置であると思います。このことから、ある出来事を思い出しました。それは、三年程前勤めていた職場でのことです。同じ係の職員が、体調を崩し、療休をとっていました。その方は、精神的にも病んでいました。その方が療休中の事です。その方の給料明細表を、どのように届けるか、という話になりました。送付してあげるか、もしくは直接自宅に出向いて渡してあげるかという二つの意見に分かれたのです。結局、係の長が、直接届けるという意見だったので、そうするようになりました。私個人の意見としては、送ってあげる方が良いと思いました。なぜなら、その職員さんは、今、人に会うのは避けたいだろうと思ったからです。職場のことで悩み、心身共に病んでしまったのだから、できるだけ、職場に関係することについて触れたくないはずであろうと思うのです。それと相反するもう一つの考えは、直接、相手の自宅に行き、相手と触れあって対応をしてあげればよろこぶだろうし、ただ明細表だけを送るだなんて、冷たいではないか、という考えです。おそらく、そのような考えをする人達は、自分が、その職員さんの立場だったら、直接、届けに来て欲しいという人達なのでしょう。実際は、その職員さん本人に聞いてみないと、本当のところは分かりませんが、やはり、送ってあげた方が親切のように思えます。
次は、別の旅行先での事です。これも、家族で長野市のとある温泉宿へ行った時の話です。その宿は、家族で経営している、こじんまりとしたところでした。その宿へ入り、私たちは、早く部屋で寛ぎたいという気持ちでした。ですが、宿のスタッフは、忙しいようで、なかなか、こちらへ来てはくれません。そこで、父が、その宿の女将と思われるひとに、「あのう、すいませんー。」と声をかけました。すると、「ちょっと待ってて。」と素っ気無い感じに答え、別の客の対応をしていました。そして、しばらくして、やっと女将がこちらへ来て、「そこにスリッパあるで、自分達で出してね。」と、少々あらっぽい口調でもてなされました。私は、この対応に、正直ショックを受けました。なぜなら、今まで旅先で、このようなもてなしを受けたことが無かったからです。普通宿のスタッフというものは、客が来たら、まずは「いらっしゃいませ。」ともてなし、客にたいして腰の低い対応をするものだと思っていたからです。そのイメージを覆えされてしまいました。しかし、なぜか、私達家族は、その女将に不快にさせられるということはありませんでした。そのあらっぽさ、さばさばした対応の中に、どこか親類のおばちゃん、といったような親しみと愛情を受けるのです。むしろ、こちらは客なんだ、親切にもてなされてあたり前だ、というこれまでの考えがどこかにあった自分が恥ずかしくもなりました。なぜ、そう感じたのでしょうか。おそらく、その女性が、お客に対して、彼女なりの、彼女らしい表現で、愛情のこもったもてなしをしていたからではないかと思いました。言葉が少々あらっぽくても、親しみを覚えるのは、やはりそこに思いやりがこもっているかどうかは、伝わるものです。逆に、どんなに形式にのっとった接客であっても、心がこもっていなければ、事務的で、冷たく感じることもあります。
先に挙げた二つの例から、相手の立場で物事を考えようとすること、そして、心のこもった対応をいつでも心掛けることが大切であるのだと考えさせられます。
「思いやり」、それは簡単なようで、難しくもあると思います。自分の心に余裕のない時などは、対応が至らなくなってしまいがちです。ですが、そういう基本的な思いやりを「心掛ける」ということが、大切であると思います。それは、接客を仕事としている人々以外でも必要なことでしょう。日常生活の中で、それは人間として必要なことなのだと思います。思いやりは、イコール社会人としてのマナーでもあります。一人一人がそれを心掛けることを実践したら町はホスピタリティにあふれたものになるでしょう。旅先で出会った市民の人が道案内をしてくれた、おいしいお店を教えてくれた、といった人との触れ合いこそ、旅行者の心に残るのでしょう。これは、観光ホスピタリティのセミナー中でも学んだことです。
日常でささいなことでも、思いやりを持ってされたことと、そうでない対応で一喜一憂します。
「思いやり」、その心掛けをする事がホスピタリティあふれる地域づくりのための第一歩につながっていくのだと思います。